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Walking with Writers [放送大学]

今学期も単位認定試験。それも卒業までの最後の試験です。

一科目目はWriting with Writersという英語の科目で、イングランドの作家について、ゆかりの地を訪問しながら読んでみるというもの。

イギリスの多様な形式は美しく、是非行ってみたい、というのは良いのですが、肝心の内容は英文学に詳しいわけでもなく、かなり苦戦しました。
勉強時間がとれなかったこともあり、試験はちょっとまずいかも。教科書で出てきた作家や作品の名前を覚えるのに精一杯でしたが、それぞれの内容を解釈も含めて理解していなければだめでした。
教科書も英語なので、斜め読みできないし・・・。

さて、内容はともかく、英語の詩の形式について知ると、改めて英語はアクセント、強弱が重要なのだと感じさせられます。

各行の末尾の発音を揃えるrhymingは歌詞なのでも知られています。
加えて、各行のリズムというのもかなり重要視されているようです。

各行のリズムはfoot/feetという、発音の塊に分けられます。
それぞれのfootは強弱のアクセント、弱強のアクセントなどで構成されており、代表的なものは弱強のfootで、iambと呼ばれます。
そのfootがいくつあるかがギリシャ語で呼ばれており、弱強のfootが1行に5つあるリズムは、Iambic Pentametersと呼ばれることになります。
footが1行に4つあれば、Iambic tetrametersです。

シェークスピアの詩は、Iambic Pentametersを基本としていて、それが全体のリズムを作り出しています。

This royal throne of kings, this sceptered isle,
This earth of majesty, this seat of Mars,


この辺りがよくわかってくると、英語の歌もよく理解できるのかも知れませんね。
(試験はまずかったのですけども・・・)。

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和歌山旅行 [旅・出張]

毎年成人の日の連休は国内旅行。
今年はカレンダーの都合で、まだ年末年始の休みの続きみたいですね。

これまで国内旅行で行ったところを地図で眺めてみると、紀伊半島が手薄。
ただ、範囲が広く、東京からの往復も含めて交通の便が良いところではなく、1回で行くことは難しそうなので、まずは和歌山県側です。

■南紀白浜

マイレージで予約した飛行機はあまり良い時間がとれなくて、夕方に南紀白浜空港へ。
飛行機の中からはきれいな夕陽が見えましたが、空港に着陸したときは夜。
東京便は1日3便あるものの、最後の便に接続する公共交通機関はなく、真っ暗な中をタクシーでホテルへ。

翌日にホテルをチェックアウトして、自転車を借りて、回ってみました。
快適ではあるものの、結構起伏があり、自転車のサイズも体に合っていないので、きつい。まあ、一番は運動不足でしょうけども。

紀伊半島の地形は独特で、千畳敷はミルフィーユのような地層が海に侵食されています。
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三段壁(さんだんべき)は、柱状節理で絶壁。
さらに地下に洞窟があり、熊野水軍が隠れる場所として使っていたという伝説があります。
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夕陽で有名な円月島のあたりは、魚釣りをする人、ダイビングをする人、ウインドサーフィンをする人で賑わっていました。
関西からは、東京からで言えば、伊豆半島みたいな位置づけでしょうか。
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ここあたりから、対岸の四国が見えました。
かつて舟運が中心だった頃は、意外に四国とも近かったのかも。

観光地ではあるものの、自転車で一周してみると寂れた建物も目につき、特に白浜駅前は廃墟のようなビルがありました。
夜もスナックが集まる場所はあるものの、あまり賑やかではないですね。
白浜って、多分子供の頃に両親に連れられて旅行に聞いたことがあるんですよね。
記憶が曖昧だし、両親も亡くなっているので確かめようがないですけども。

パンダも見ずに和歌山へ。


■和歌山

和歌山は以前に出張できたことはありますが、観光で来るのは初めて。
ただし、特急で和歌山に着いたのは夕方で、観光をする時間はほとんどなし。

夜の街を歩いてみました。

和歌山の街は南海の和歌山市駅と、JRの和歌山駅の間に広がっていますが、駅が離れているせいか、盛り上がりがないまま、ぽつぽつと広がっている感じです。

かつて賑やかだったというぶらくり横丁も夜のせいだとしても閑散としています。
1980年代以降急速に衰退したようですね。
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和歌山駅からのメインストリート、けやき大通りは6車線、8車線もあり、やたら広い。
これはかつて路面電車が走っていた名残でしょうか。
全体的に道はやたら広く、碁盤の目になっていて、空襲の影響かとも思いましたが、少なくとも和歌山城周辺は城下町の区画の名残でもあるように感じました。

街のシンボルは和歌山城。夜はライトアップされます。
中心部の小高い虎伏山(とらふすやま)にそびえていますが、これはコンクリート製の再建。
維新後も現存して国宝となっていたものの、和歌山大空襲で消失してしまいました。
ホテルをチェックアウトした朝、大急ぎで見学して、東京に戻ってきました。

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前橋旅行 [旅・出張]

今年は卒業研究もあったりして、あまり旅行は出来ませんでした。
年末年始はどこに行くの?とも聞かれましたが、年末年始は大人しくしていることも多いんですよね。
ということで、どうしようか迷ったのですが、一泊だけのプチ旅行をしてきました。

夕方にホテルを予約して、そのまま車で前橋まで。
ちなみに前橋は、「まばし」ではなく、前橋市と言うときのように、平板に「まえばし」と発音します。
Wikipediaを読んで、知ってはいましたが、本当に現地の人はそう発音していました。

繁華街まで歩き、ステーキを食べて、バーで軽く飲みました。
繁華街は、キャバクラのような風俗店が多く、男性の人通りは多いものの、旅行者にはどうも馴染みにくい街ですね。
あと、寒い!
夜なのに冷たい風が吹き、冷蔵庫の中にいるようです。

翌日は、目立って高層の群馬県庁32Fの展望台へ。
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前橋ってあんまり高い建物はないですね。
1945年8月5日に空襲があったそうです。
それもあってか、古い建物も少ないです。

中心部を歩いてみましたが、ご多分に漏れず、商店街は厳しい状況です。
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これでもまだ人がいる方で、前の晩に歩いた際は誰も人がおらず、ひっそりとしていました。

前橋カトリック教会などありますが、年末でもあり、訪問するところも限られていて、とりめしを食べて帰りました。
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47都道府県はすべて行っているのですが、実は県庁所在地は全部行っていません。
前橋に行って、一つつぶしました。
後は、佐賀と津ですかね。

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国宝展 [芸術]

先日、京都に行ったついでに国宝展に行ってきました。

http://kyoto-kokuhou2017.jp/

台風が近づいていたせいで比較的人が少なく、並ばずに入場できましたが、中は大混雑でした。

今回の国宝展は4期に分かれていて通期の展示がかなり少なく、ほとんどが入れ替わり。
私が行ったのはII期に相当します。
II期では雪舟が揃うのが見所とのこと。

国宝と言っても土偶から屏風、書、絵巻、仏像と様々で、時代もいろいろ。中国絵画もあります。
解説はあるものの、理解するのは大変です。

いつも思うのですが、絵巻って展示位置が低いんですよね。
バリアフリー、ということも考えられているのだと思いますが、人垣にブロックされていて、なかなか近づけない。
なんとか、餓鬼草紙、病草子、信貴山縁起絵巻などを見てきました。

天目茶碗なんて長蛇の列で、実際に見るところは「立ち止まらないでください」と流し見をする感じで、昔のランランとカンカンを見に行った時を思い出しました(古い)。

正直な感想を言うと、国宝がまとまって見られるところに価値がある、という感じです。
それぞれのものは、それぞれの所蔵館で見た方がゆっくり見られます。

「縄文の女神」なんて、山形県立博物館で見たときは、周囲にほとんど人がおらず、ゆっくり見られました。

まあ、後半も行っては見たいですが、京都国立博物館は以前に琳派を見に来たときも大混雑だったんですよね。
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江戸の琳派芸術 [芸術]

卒業論文も一息ついて、手を付けられなかったやることがそれなりにありますが、会期が11/5までと迫っていたので、出光美術館に行ってきました。

「江戸の琳派芸術」
http://idemitsu-museum.or.jp/exhibition/present/

江戸琳派と言うことで、酒井抱一、鈴木其一が中心です。

入っていきなり酒井抱一「夏草秋草図」とあるので、例のやつかと思ったら、ここにあるのは下書きとされているものだそうです。
そしていきなり伝尾形光琳「紅白梅図」とあるので、例のやつかと思ったら、ここにあるのは真ん中に川があるやつではありませんでした。

しかし、同じような構図やモチーフが繰り返し描かれているところの共通性と違いを見るところも琳派の面白いところかも知れません。

酒井抱一「青楓朱楓図屏風」、鈴木其一「四季花木図屏風」も、光琳の紅梅白梅図の阿行吽行の対のような構図を踏襲していると感じるのですが、どうでしょうか。

酒井抱一「紅白梅図屏風」は銀地で渋く、冷たい初春の空気の中で咲く梅を感じますし、
鈴木其一の「桜・楓図屏風」は構図が斬新ですし、「籐花図」は一面に銀砂子がまかれて独創的。


大型の屏風も多く、華やかなのでわかりやすいとはいえ、やはり素晴らしいですね。
やっぱり時代が進んでいるせいもあって、尾形光琳の時代より色の使い方も鮮やかですし、保存状態も良いように思います。
酒井抱一はもちろん、鈴木其一ってもっとブレークしても良いんじゃないかと思います。
(混んだら困るけど)

出光美術館、皇居も見えて、混んでいると行ってもそんなにひどい目に遭ったことはないので、良いところです。
皇居も紅葉が始まっていますね。
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ボストン美術館浮世絵名品展 鈴木春信 [芸術]

サラリーマンとしても大学生としてもなかなか時間が厳しい中、いくつか会期末が迫っている展覧会があり、その一つに千葉まで遠征してきました。

「ボストン美術館浮世絵名品展 鈴木春信」
http://www.ccma-net.jp/exhibition_end/2017/0906/0906.html

鈴木春信は浮世絵の中でも好きな絵師の一人です。

浮世絵は版画なので、肉筆のものを除けば複数の刷りがあるのが普通ですが、春信の作品は一図あたりの点数が少なく、さらに現存するものの8割は海外にあると言われているそうで、これだけ揃ったものを見られる機会は少ないそうです。

より多様な画材が使えるようになった後の時代に比べて、春信の時代の浮世絵は「錦絵」と言われていても、色は渋く落ち着いています。逆に数多く見ていても疲れないように感じます。
空刷りというエンボス加工を使っていたりして、それも品がありますね。

また、浮世絵が後の時代ほどには大衆化していないからでしょうか。
絵暦や見立て絵など、「誰が見てもわかる」と言うより、「わかる人が見ればわかる」という知的な遊びがあります。

中性的な顔つき、あり得ないようなすらりとした体型、写実的と言うより様式的な服のカーブなどは春信だけの特徴だと思っていたら、この時代の浮世絵は同じようなものが多いんですね。石川豊信とか知りませんでした。
構図や画題もほぼ同じものを複数の絵師が手がけていたようです。

ボストン美術館の所蔵品だけで圧倒される点数がありますが、同時開催で所蔵品による関連展示もやっていて、これもなかなか良かったです。
春信の時代に近い、南蘋派、円山応挙、曾我蕭白、伊藤若冲、池大雅の絵が展示されていました。

「江戸美術の革命−春信の時代」
http://www.ccma-net.jp/exhibition_end/2017/0906_2/0906_2.html

市の美術館なのに、なかなかやりますね。

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天下を治めた絵師 狩野元信 [芸術]

三連休、皆に「どこに旅行するの?」と言われましたが、放送大学の卒論の提出も近いので、今月は我慢です。

とはいえ、三連休でもあるので、サントリー美術館の「天下を治めた絵師 狩野元信」をさっと見てきました。
http://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2017_5/

狩野派と言えば日本美術のジャイアンツのような位置づけでしょうか。
色鮮やかなやまと絵の伝統と、南宋の影響を受けた水墨画の両方を統合して江戸時代まで君臨します。
そのはじまりは狩野正信で、室町時代の狩野元信は二代目。有名な狩野永徳は元信の孫にあたります。
元信はいろいろな絵の様式を、書になぞらえて、真体画、行体画、草体画として整理して体系化します。
前者になるほどいわば写実的できちんと書かれていて格式が高い場所に置かれ、後者になるほど崩しているということだそうです。

狩野元信らの絵だけではなく、そこに大きな影響を与えた牧谿、夏珪、馬遠といった南宋の画家達の絵も展示されています。
ただ、南宋の絵画で特徴的な辺角の景は元信には取り入れられているようには見えず、ずっと時代が後の探幽に現れてくるのは面白いな、と思いました。

昔は水墨画、山水画は退屈だと思っていましたが、疲れて現実逃避したいときには良いものですね。


http://digital.asahi.com/articles/DA3S13135326.html

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8B%A9%E9%87%8E%E5%85%83%E4%BF%A1


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福島といわき [旅・出張]

福島といわきを旅行してきました。

このところ飛行機のマイレージを使っての国内旅行が多く、実は飛行機で行けない近場が盲点です。
また、東日本大震災の被災地は北海道から岩手、宮城と見てきたので、福島も行ってみたいと思っていました。

そこで福島県。広いので、今回は東半分、福島といわきを車で回ってきました。

初日は東北道で猪苗代湖によってから福島へ。

雨男なので日本列島台風縦断と重なりました・・・。
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そして県庁所在地の福島、泊まってみたものの、これが定番の名所というものがあるわけではなく、つかみ所がない街ですね。
いか人参や、餃子を食べました。



翌日は福島からいわきに向かって出発。
最短距離より少し北を回り、飯舘村(いいたてむら)のあたりを通過してきました。

飯舘村は2017年3月31日に一部を除いて避難解除されました。
http://www.pref.fukushima.lg.jp/site/portal/list271-840.html
福島がある中通りと、太平洋側の浜通りの間は阿武隈高地となっています。
植生が違い、松が目立ちます。まるで北海道のような美しい景色です。
除染土と思われるシートに覆われた台形の山がぽつぽつあるものの、平和そのもの。

「いいたて村の道の駅 までい館」が2017年8月12日にオープンしていて、新しい館内にはしゃれたディスプレイで名産品が売られています。
一角には花が多く売られていました。飯舘村の名産品なんだそうです。
復興はようやくこれからだと思いますが、頑張って欲しいです。
http://www.vill.iitate.fukushima.jp/site/kanko/1404.html
https://www.facebook.com/michinoeki.madeikan/

浜通りまで出て、南相馬から常磐道へ入って南下。
浪江ICから常磐富岡ICまでの間は帰還困難区域に入ります。
路肩に線量計があり、数字が表示されていますが、概ね低く、局地的に高くなっていました。
ここで見てもその傾向が見て取れますね。
高速道路なので、通過はあっという間です。
https://jobando.jp/senryo/genzai.html

ドキュメント72時間で取り上げられた夜ノ森公園に行きたかったのですが、天気が悪いし、スクリーニング場などあり、ややこしいのであぶくま洞へ。

ここは1969年(私が生まれた年)に発見された、比較的新しい鍾乳洞。
周囲に何もないところにありますが、なかなか賑わっています。
公共交通機関では来にくいと思いますが。
追加200円で探検コースという追加ルートを通ることが出来ます。
ただ、ここはかなり狭く、おそらくお相撲さんだと通れないでしょう。
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続いて、福島県の国宝、願成寺(がんじょうじ)白水阿弥陀堂(しらみずあみだどう)へ。
これは平安末期の藤原清衡の娘であった徳姫が建立した寺で、阿弥陀堂が国宝、中の仏像が重文となっています。
池を渡っていくと阿弥陀堂がある構成は浄土式庭園と呼ぶそうで、宇治の平等院鳳凰堂を思い起こさせます。
ただ、西を向いて祈るレイアウトの平等院と異なり、白水阿弥陀堂は北を向いて祈るようになっていますね。
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阿弥陀堂内部には極彩色で彩られていた痕跡がうっすらと残っています。
仏像はいずれも寄木造りで平安時代中期以降の様式でしょうか。
定朝様と説明されていますが、顔つきはこれまた平等院の阿弥陀堂とは違う気がします。
脇侍は観世音菩薩、勢至菩薩、さらには多聞天と増長天があります。
いずれも平安時代という説明ですが、観世音菩薩と勢至菩薩は直立しており、勢いを見せる多聞天と増長天とは同じ時代のものだというのは不思議な感じがします。
四天王のうち、持国天と多聞天の2つしかないのも不思議です。
残念ながら、仏像は撮影禁止でした。

この日の最後はいわき市石炭・化石館ほるるへ。
首長竜などの化石の展示も面白いですが、炭田の展示は人形なども使って再現した本格的なもので、見応えがあります。
そもそも常磐炭田というものがあったことさえ知りませんでした。
エネルギー政策の転換で閉山となったものの、現在でも日本の火力発電では石油より石炭が多いそうです。
当時から温泉が湧き出て採掘の妨げともなっていましたが、閉山後はこれを使ってスパリゾートハワイアンズを作り、成功しました。

夜はいわきに泊まり、メヒカリの唐揚げを食べました。
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雨が相当強くなっていました。



最後の日は台風一過、強い日差しの日となりました。

午前はアクアマリンふくしまへ。
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ここはとても真面目な水族館です。
「カリスマ種に頼らない」という方針で、主役は普通の魚です。
鰯の群れは迫力がありますし、秋刀魚が泳いでいるのは初めて見ました。

また、キハダマグロやカツオが泳いでいる水槽の前で寿司を売っています。
アジなどを釣るコーナーや、焼き魚や魚料理を作るコーナーも設けられていて、人間と魚との関わりを考えさせるように工夫されています。

福島第一原発関連の展示もあります。
小名浜港の魚の放射線量は、大きく減少しているそうです。
グラフを見ても、最初の一年半くらいで劇的に減少しています。
震災直後は姿を消した釣り人も、放射線量が減ったことを知り、翌年からアジ釣りに戻ってきたそうです。
県内の木戸川は鮭で知られていましたが、津波でふ化場が被災し、原発事故の影響で避難地域になってしまいました。
鮭の量は放流量に強く依存しているため、当然ながら数は大きく減ってしまいました。
しかし、人間の手が入らず、簗場がない川を遡る鮭の写真は印象的でした。

小名浜港の向かい側にはいわき・ら・ら・ミュウという物販施設があり、魚売場やレストランが集まっています。
2Fは博物館となっており、いわきの被災に関する展示が続けられていました。
いわきは津波の被害を受けた上に、一か月後にさらに強い地震に襲われ、原発事故の影響を受けたため、復興は大変だったと思います。応援に来た大分県警の訓示など、心を打ちます。
ここも1Fは津波の被害を受けたようですね。
前では台風で延期になった秋刀魚のお祭りをやっていて、炭火焼きのいい匂いがしていました。

最後は塩屋埼灯台(しおやさきとうだい)へ。
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ここは登れる灯台として知らされていて、それほど大きな施設ではないですが、高台の上に立っているので絶景です。
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海は台風直後のせいか、とても荒れていました。
海の写真の左側、津波で被災したと思われる地区が見えますね。
小さな資料館を併設していて、この灯台も地震の被害をかなり受けたことがわかります。

最後は常磐道で一気に東京に戻りました。


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稚内旭川旅行 [旅・出張]

暑い東京を離れて北海道に行ってきました。

まずは稚内へ。
日本が実効支配している領域で最北の宗谷岬。
北海道らしく腹ごしらえしてから海を望むと、(私の旅行には)珍しく晴れていて、サハリンが見えました。
雲の下の水平線にサハリンが広がっていますが、ちょっと写真では見にくいかも。
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続いてノシャップ岬へ。
ここは最北端ではありませんが、夕陽の名所で、観光客が多く集まっていました。
これまた写真だと違ったように見えますね。
日没は、沈んだ後も空の色が変わっていってきれいです。
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翌日も快晴で、街の後ろにある小山、稚内公園へ。
稚内の全景が見渡せ、最北端だけあって空気も涼しく、快適。

公園内にはサハリンに関連した碑がいくつか残されています。
これは9人の乙女の碑。
日本が支配していた樺太(サハリン)の真岡、8/15以降もソ連軍が当時の国境を越えて進軍してきました。
電話交換手だった9人の女性は、最後まで任務を全うし、この言葉を残して服毒自殺したそうです。
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Wikipediaにも説明がありますね。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E5%B2%A1%E9%83%B5%E4%BE%BF%E9%9B%BB%E4%BF%A1%E5%B1%80%E4%BA%8B%E4%BB%B6

また、ロシアのサハリンと言いますが、日本の立場として、南サハリンは帰属未定地と言うことになっています。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/hoppo/topic.html


公園内には開基百年記念塔という塔があります。
それほど高い塔でもないですが、高台に立っていることもあり、これも絶景。
1Fと2Fは稚内の歴史について紹介されていて、また、サハリンについても紹介されています。
稚内は稚泊連絡船(ちはくれんらくせん)の出港地として発展しました。
そして、戦後も漁業で栄えたものの、200海里規制以降はそれも衰退してしまいました。
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昔はロシア人が多かったとも聞きましたが、今でも標識などは日本語、英語、ロシア語です。
アーケード街という商店街、ご多分に漏れずシャッター街になりかけていますが、表示がロシア語です。
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昼食後、特急で旭川へ。
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北海道のローカル線、楽しみにしていたのですが、車窓は森ばかりで変化がなく、携帯電話も圏外になったままで、飽きてしまいました。
鹿が多いため、急ブレーキをかけることがある、という放送が何度も流されます。

旭川に着いたのは夕方。
旭川は北海道・東北で、札幌、仙台に次ぐ規模の大都会です。

観光する時間はほとんどなく、翌朝、飛行機の時間の前に旭川市博物館へ。
稚内の開基百年記念塔と重なる説明がありましたが、アイヌの話が丁寧に説明されていました。

普通に習う「日本史」では、縄文時代から、弥生時代、古墳時代、飛鳥時代、奈良時代、平安時代と進みますが、北方では縄文時代以降、稲作が出来なかったこともあり、異なった歴史を歩んでいきます。
弥生時代ではなく縄文時代が続き、続縄文時代に入ります。北方の大陸からの移住者によるオホーツク文化、さらにそれらが混淆して擦文時代になります。これが平安期から鎌倉時代まで。
その後アイヌ文化に進みます。
知られていませんが、九州だけではなく、サハリンでもアイヌが元との争いを13世紀に経験しています。
アイヌ文化というと独自の文化という印象を持っていましたが、文化や経済的にも倭人との交流は密でした。
そうした互恵的な関係が、江戸時代、そして明治時代と一方的なものへの変わってきてしまい、現在に到ります。

最後の飛行機も珍しく晴れていて景色がよく見えました。
旭川は上川盆地にあり、主要な河川が交わる場所となっています。
北海道の異国感というのは、日本の田舎で見られる田んぼがないからだと思っていましたが、旭川は米所。
ビルが建ち並ぶ中心部を田んぼが取り囲んでいることがよくわかります。
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中欧・東欧旅行(ダイジェスト) [旅・出張]

遙か昔に感じますが、夏休みは中欧、東欧の5か国6都市をさーっと巡ってきました。

まず、ロンドン経由でポーランドのクラクフ。
近郊のヴィエリチカ岩塩坑へ。ここは世界遺産になっています。
坑内に教会がいくつもあります。
事故が多い現場、祈ってから仕事を始めたそうです。
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そして、翌日はアウシュビッツへ。
これはガス室。意外に小さい。
何でもない建物ですが、ここで何人もの命が奪われたことを考えると厳粛な気持ちになります。
近郊のビルケナウも見学しました。
戦後、多くの関係者は「自分は命令に従っただけだ。」と言ったそうです。
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クラクフの街自体も世界遺産になっています。
大きな広場に面した聖マリア教会、まあ普通の教会でしょう、と思ったら青で埋め尽くされた美しいものでした。
カトリックの国ですが、他の教会の建物も、イタリアのルネッサンス様式のようなものがあったりして、中欧というのは不思議なところです。
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さらに、皆ピエロギという餃子をばくばく食べていて、中欧というのは不思議なところです。
皮は日本の餃子より少し厚いものの、焼いたもの、煮たもの、揚げたものがあり、中身も豊富。
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堪能したクラクフの次は、夜行列車でスロバキアのブラチスラバへ。
首都とは言え、とても小さな街で、これといった見所も限られています。
でも、これぞ欧州の街という落ち着いたところで、こざっぱりとして雰囲気の良いところでした。
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今度はドナウ川を船で遡ってウィーンへ。
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べたな観光をしてから今度は飛行機で、ルクセンブルクへ。
ここも見所盛りだくさんという訳ではないですが、何より自然の要塞の上に作られた街が面白い。
そして、いろいろな言語が飛び交う不思議な国でした。
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最後の国はベルギー。
最初はルクセンブルクからほぼベルギーを横断してブルージュへ。
かつて交通の要所として栄えたものの、その後衰退したために古い街並みが残っている観光地です。
街自体、かつては今よりずっと人口が多かったそうです。
そして、丸くと広場に立つ巨大な鐘楼も、かつてはこの上にさらに木造の塔が建っていたそうです。
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旧市街は水路で囲まれていてボートで観光できます。
ジグザグな正面が特徴的な屋根は、この地域一帯で見られるものだそうです。
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こうしていろいろな国を続けて移動していくと、国毎に随分物価も異なり、ルクセンブルク、ベルギーはかなり高いです。
しかし、食べざるを得ません。
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最後は鉄道でブリュッセルまで戻り、食事と買い物をして帰ってきました。
ブリュッセルは今週もテロがあったようですが、行った時点でも街には二人組でマシンガンを持った兵士が目立ち、ものものしい雰囲気でした。
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