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静岡旅行 [旅・出張]

この9月は良いか悪いか祝日がばらけていて三連休2回、後半は静岡に行ってきました。
本当はもっと西に行くつもりだったのですが、初日に東京を離れられなくなってしまったので、2日目、3日目に一泊2泊となってしまいました。

車で静岡まで行って、静岡県立美術館で「幕末狩野派展」。
地方の美術館は、空いていてゆっくり見られて本当に良いです。
東京は美術館や博物館はたくさんあるものの、いつも人をかき分けてみている感じで、恵まれているのか恵まれていないのかわからなくなることがあります。

ちょっと夜の街を歩いて見たところ、静岡は駅からの中心街が賑やかで、シャッター街にはなっていません。
電線が地中化されていて、歩いている人も多い。
歓楽街のようになっている一角もあるののの、しゃれた店も多く、若者も多い。

いろいろ見て見たかったのですが、前日までの疲れが出て、ホテルで寝てしまいました。

翌朝、駿府城公園まで行き、県庁21階の展望台まで行って見ました。
シャツが汗びっしょりになるほど暑いのに、富士山は雲をかぶって見えず。

諦めて、車で日本平ロープウェイまで行って、久能山東照宮に行きました。
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ここは徳川家康が死後に埋葬され、祀られた神社。
日光東照宮が出来たのは、一周忌後です。

昔は歩いて登るしか無く、実際、神主さんたちは今でも毎日歩いて通勤しているそうです。
しかし、観光客はロープウェイで一直線。
便利なものです。

ロープウェイ乗り場には展望台があり、工事中でしたが、清水らしき街がよく見えました。
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さらに足を延ばして(といっても静岡市内ですが)、三保の松原。
羽衣伝説とともに、世界遺産アピールが目立ち、もうすぐビジターセンターが出来るようです。
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そして、最後は清水港のフェールケール博物館。
清水港の博物館と言うことで、湊がどのように発達してきたのかよくわかります。
昔はもっと内側の湊だったのに、向島がどんどん大きくなり、最後は地震で隆起してしまったので、向島の外側に港を移したのが今の清水港になります。

博物館には小さな缶詰博物館も併設されています。
ここの地味に面白かった。
ツナ缶などの輸出で清水は大いに発展しました。
「はごろもフーズ」って、清水由来。
言われてみれば三保の松原の羽衣伝説から来ているのですね。

また、最近見る、底側に継ぎ目がない缶詰は、プレスして一気に形を作っているようですね。
面白いのは、整形してから印刷するのでは無く、印刷してから整形しているようで、放射状に間延びした印刷がされた整形前の板も展示されていました。
ここでも説明されていますね。
https://www.toyo-seikan.co.jp/product/for-foods-can/drcan.html

三連休の帰りと言うことで、高速道路の渋滞にうんざりしましたが、月がきれいに見えました。



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三重旅行 [旅・出張]

このところ疲れ切っていたにもかかわらず、三連休なので三重県を旅行してみました。
このところ平日が忙しく、土曜日の朝はぐったりとしてしまって、出発が遅れたので、やや不完全燃焼の旅行に。

これまで47都道府県には行ったけれども、47の県庁所在地に入っていない、ということで、まずは最期の地、津へ。

■津

名古屋まで新幹線。仕事では無い東海道新幹線の開放感は良いですね。
スマートEXで予約していたので、新幹線に続いて名古屋でなめらかにSuicaで快速みえに乗り換えたまでは良かったものの、何とJRの津はICカードのエリア外。
車内で精算し、その旨の証明書をもらい、エリア内に戻ったらこれを見せて入場記録をキャンセルしてください、とのこと。
それはそれで良いのですが、JR以外のバスや近鉄はICカードが使えるのに、以降、全て現金払いとなってしまいました。

あと、印象的だったのは名古屋からほとんど起伏が無く、ぺたっとした地形。
津も四日市もとても海抜が低い。

さて、肝心の津は、県庁所在地ではあるものの、駅前も近所で言えば武蔵小金井くらいの賑わい。
三重県立美術館を見てから、街の中心部に出てみました。
街の中心部は津からも隣駅の津新町からも微妙に離れています。
空襲があったせいもあると思いますが、通りは広く、あっさりとした街並み。
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繁華街とされる大門のあたりも最近アーケードも撤去されてしまったらしく、閑散とした感じ。
厳しい。
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津城址、津観音を見てから、うなぎを食べ、バーで飲んで終了。


2日目はレンタカーを借りて南へ。
専修寺(せんじゅじ)の最近国宝となった如来堂、御影堂を見てみました。
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三重県立総合博物館で北海道の名付け親、松浦武四郎の展示、常設展示の三重の地質、生態、歴史を見てから、松阪へ。

■松阪

松阪市立歴史民俗資料館で伊勢の木綿を徳島の藍で染めていた話を見て、天守閣跡、鈴の屋、本居宣長記念館を見てから白から御城番屋敷へ。
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ここは重伝建にはなっていないものの、街並みが残っています。

街の市街も街並み、雰囲気が残っていて、その中の長谷川邸でガイドの説明を受け、松阪商人の家の豪華な作りを見ましたた。
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あと面白いな、と思ったのは、「笑門」のような字が書かれた注連飾りがどの家にも残っていること。
伊勢地域の文化だって、説明されていますね。
http://www.bunka.pref.mie.lg.jp/MieMu/83003046690.htm


■鳥羽

レンタカーを借りたのは、本当は鳥羽や志摩に行きたかったからなのに、出発が遅れていろいろ後ろ倒しになったため、鳥羽でミキモト真珠島を見るだけに。

ただ、伊勢を超えたあたりからぺったりとした地形がリアス式の複雑な海岸線へ急変しており、三重県南部の雰囲気は味わえました。
次の機会ですね。


■四日市

車で津まで戻って津ぎょうざを食べて、近鉄で四日市へ。

ここは、津と違って大都会ですね。
ただ、繁華街は歓楽街といった感じで、日本人、中国人の客引きがとても多く、歩きにくい。
バーをはしごして、ラーメンと餃子とご飯で締め、というだめな人のコースをたどって就寝。
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翌朝、四日市市総合博物館へ行きました。
ここは無料なのに展示は充実しています。
ジオラマがあって、近世の暮らしがわかります。

何と言っても四日市ぜんそくの展示が興味深い。
我々の世代はこれで四日市を知っている訳ですが、展示してある最近教科書を見ると、ほんのちょっとしか取り上げられていません。
日本で深刻な公害があったこと自体、今の日本の子供たちからは想像しにくいのかな、とも思いました。

公害訴訟は9人の原告となりましたが、親戚にも被告企業に勤める被害者が多く、原告集めは苦労したそうです。
ぜんそくの原因は、何か変なものを作っていたと言うより、硫黄分が多い原油を燃やしたことによる亜硫酸ガス。
かなり踏み込んだ判決が出て、中東産の硫黄分が多い原油からの切り替えやLNGへの転換、脱硫技術の導入で1960年代の
公害は、1970年代に入って改善されていきました。
学校の教室に空気清浄機をつけてあった写真や、配られていたマスクが展示されています。
マスクなんて効果があるのでしょうか。


■関宿

最後は電車で関宿へ。
関まで電車で行き、観光案内所で地図をもらって坂を登っていきます。

ここは東海道五十三次の宿場町の街並みが驚くほど残っています。
もちろん、重伝建。
東の追分から、西の追分まで1.8kmの区間、街並みが続きます。
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宿場町だけあって、遊郭だった建物があって、しびれます。
写真だとわかりにくいですが、所々朱色に塗られたりしています。
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ここでも注連飾りが残っている家がありました。
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三重に行くまで知らなかったのですが、東海道って、東海道新幹線のルートと違うんですね。
愛知の宮から桑名まで船で渡り、三重を通って、鈴鹿山脈の北の関ヶ原では無く南を通って滋賀に抜けていました。
実は国道1号線もそのルート。
その鈴鹿山脈の手前にあるのが関宿です。

明治維新後、むしろ宿場町としては栄えたものの、現在の関西本線である鉄道が開通したことで宿場町としての機能を喪失し、国道1号線もほんの少し離れたところ(駅の前)を通ったことによって、この街並みが残りました。
現在では人が住むところが多いものの、所々観光客向けのカフェや土産物屋になっていて、重伝建としては良い感じの玄奘です。
ただ、連休中なのにそれほど観光客は多くないんですよね。他の重伝建もそうですが。みんなもっとくれば良いのに。

鉄道で無人駅の関駅からの名古屋駅の戻り、精算と、Suicaの出場記録の修正を行って、新幹線で東京へ。
関宿はのんびりしていたのに、連休最終日で新幹線は軒並み満席になっており、優雅にグリーン車に乗ってしまいました。







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キューバ・カナダ旅行 [旅・出張]

夏休みはキューバとカナダに行ってきました。

キューバはアメリカ経由では行きにくく、カナダかメキシコを経由するのが一般的。
今回はカナダ経由で、二次元の地図を見ると遠回りのようでいて、実は結構直線で行けます。

■シエンフエゴス

台風をぎりぎりかわして羽田、トロントを経由してハバナへ深夜到着。
そして翌朝にバスでシエンフエゴスへ。

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ここはフランス系の移民が築いた街で、格子状に道が走る街は世界遺産になっています。
新古典主義の建物が多いように思いました。

観光客はいるものの、街中にレストランなど観光客向けの店は少なく、この後どうなるのかと思いました。
とにかく暑く、寝るときも冷房を入れないといけないのに閉口しました。

■トリニダー

さらにバスでトリニダー。
ここも世界遺産、中心部は赤い瓦屋根の家々がよく残されています。

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ここに来ると観光客が極めて多く、中心部にはレストランやバーが並びます。
せっかくなのでロブスターを食べてみました。
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我々観光客が移動するViazul社のバスは中国製でまだましな一方、地元の人が移動しているらしい「乗り物」はあり合わせで作った質素なもの。
この乗り物なんて、路面電車か何かの車輌をトラックに合体させたとしか思えない。
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バスからの車窓は山あり、川あり、森あり、海ありですが、目立つのはサトウキビ畑。
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植民地化され、砂糖生産のためにアフリカから黒人奴隷が連れられてきた歴史を思い起こします。

また、車窓から見える田舎の家は質素な平屋で、決して生活水準が高いようには見えません。


■サンティアゴ・デ・クーバ

さらにバスで、キューバ島東部、キューバ第2の都市サンティアゴ・デ・クーバへ。
ここのモンカダ兵営をカストロらが襲撃したのがは、キューバ革命の始まりと言うことになっています。

商店街が賑わっています。
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ただし、スーパーマーケットのような店を除くとがらんと暗かったりしますし、商品が多い場合も同じ種類の商品が多く並んでいる感じです。

■カマグエイ

バスで西に戻りつつ、キューバ第3の都市カマグエイ。
バスが交通事故で4時間ぐらい遅れて、着いたときは日が変わっていました。

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ここも賑やか。ただ、街の道はもっと複雑に入り組んでいます。

■ハバナ

そしてハバナに戻ってきました。
ここはそれまでの都市よりずっと都会。
観光客やそれ向けの店がとても多く、さらにはブランドものの店までありました。
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そして、飛行機でハバナを発って、カナダのトロントへ。
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■トロント

キューバから来ると、空港でも電車でも、もちろんホテルでもカードが使えて、インターネット接続が出来て天国のようです。

ここから足を延ばしてナイアガラの滝を見てきました。
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トロント自体はこれと行って見所があるわけでもないですが、移民の街で、たくさんの移民街があります。
一番大きいのはもちろん、チャイナタウン。
河西回廊旅行でなつかしの蘭州ラーメンを食べて帰ってきました。
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秋田青森旅行 [旅・出張]

7月の連休に、秋田から青森へと旅行してきました。

秋田も青森も旅行したことがあるので、行っていないところ、見ていないところを中心に回りました。


秋田に飛行機で夕方について、稲庭うどんを食べてからホテルにチェックイン。
川反こそ覗いてみましたが、観光らしい観光はせず、比内地鶏を食べて終了。
街中で大きな虫が飛んでいて、何だろうと思ったらカブトムシの雄でした。
とりあえず、東京より5℃くらい涼しい。

翌日、秋田駅から五リゾートしらかみで出発。
これはローカル線である五能線を走る観光列車で、席や窓の配置も観光向け。
三味線の実演が車内であったりして、飲んでいる人も多いです。
秋田を出発する際は満席。出発前から予約しておいて良かったです。

各駅停車ではなく、主要駅を止まっていきますが、ところどころ景色が良いところでは止まったりします。
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中国人観光客もいて賑やかだった車内も、秋田県から青森県に入り、白神山地を降りると空いてきます。
そして津軽平野に入ると岩木山。
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今回は、太宰治の出身地である金木まで行ってきました。
五所川原駅でリゾートしらかみを降り、ローカル鉄道の津軽鉄道に乗り換えます。
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津軽鉄道はご多分に漏れず過疎で乗降客は減っているようですが、観光列車として力を入れているようで、乗り込むとアテンダントが行き先を聞いて、地図をくれます。金木の地図をもらいました。
また、車内もこの時期は風鈴がいくつも下げられていて、帰りの列車は太宰治の小説からの引用で埋め尽くされていました。

金木(かなぎ)の駅で降りると、何もなく、閉まっている店が何軒かあります。
太宰治の「津軽」では、ある程度賑わった町のように描かれているものの、やはりその後は過疎が進んでいるのでしょうか。ごく最近に閉店したというお知らせがいくつかありました。

まずは駅の近くから旧津島家新座敷へ。
ここは太宰治の兄夫婦のために、もともと津島家の屋敷であった「斜陽館」につなげて建てられたもので、和洋折衷の贅沢な建物。
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太宰の父がすぐに亡くなったために、実際には兄夫婦が使用したのは短期間だったとのこと。
長く生家と関係が途絶えていた太宰治が帰郷して使用し、二番目の妻美知子とも結婚していて落ち着いて創作活動に打ち込んだ場所です。
現在では斜陽館から少し離れたこの場所まで移動されていますが、そもそもこのあたりも津島家の敷地であり、いかに津島家が栄えていたかを感じさせます。
男性が15分ほどで太宰治の小説を手に説明してくれます。
太宰治はその最期や、晩年の人間失格といった作品による暗い印象が強いと思うが、ここで穏やかな精神状態で創作に打ち込んだ時期の作品もあることを知って欲しい、執筆された時期を意識して作品を読むと面白いですよ、とのことでした。
ちなみに、かつては林業で栄え、木が金になるので金木ということです。

続いて斜陽館へ。
ここは旧津島家の本体だった建物。
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まず大きいと言うことに加えて、ヒバがふんだんに利用されています。
派手に装飾された部屋もあり、豪勢な生活をしていたことがわかります。
観光客もこちらはかなり多くなっていました。

そして津軽三味線会館。
ちょうど時間があって、生演奏を聴くことが出来ました。
もともと三味線は目が見えない人が門付けとして演奏するもので、地位も低かったそうです。
そこに仁田坊という演奏者が現れ、現在のスタイルを確立し、地位も向上していきます。
聞く人を引きつけるようにたたきつけるような力強い演奏とし、曲も標準化されていきました。

芦野公園まで歩き、旧駅舎を利用した喫茶店で休んでから津軽鉄道で津軽五所川原駅に戻り、JRで弘前に到着。
弘前は前も来たことがあるので、ホテルに落ち着いたら結局観光せず、夜に飲みに行ったきりでした。
でも、夜の涼しさが素晴らしく、ゆっくりと眠れました。


翌朝は津軽半島の東側、外ヶ浜に行ってみることにしました。
朝、弘前から青森に出て、津軽線で蟹田駅乗り換えで終点の三厩(みんまや)駅まで。
ここからさらに町営のバスで、昼頃に津軽半島の先端、龍飛﨑まで。
せっかく来たのに、(いつものように)天気が悪く、まったく景色が楽しめませんでした。
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また町営のバスで三厩駅まで引き返し、1時間待って再び津軽線で蟹田駅乗り換えて青森まで。
津軽線は1日に五本程度しかなく、乗っている人もカメラを抱えた鉄道マニアらしい人達ばかりでした。
しかし、貨物列車が青函トンネルを通るために津軽線の一部を経由しているらしく、往きも帰りも貨物列車の通過待ちがありました。
森ばかりの景色が開け、新幹線の線路や立体交差した海峡線が見えるところは壮観でした。
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青森で寿司を食べ、最終便の飛行機で羽田に帰りました。
あまりの暑さで羽田空港の滑走路に穴が空いたと言うことでダイヤが乱れており、家に着いたときは日をまたいでいました。
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スマートテーラー [買い物]

オンワードのスマートテーラーという店が吉祥寺に出来たので、夏用のスーツを作ってみました。

いわゆるパターンオーダーですが、店で採寸してから、採寸データを中国の大連に送って縫製し、配送する仕組み。
本当に一週間で届いた。
看板に偽りなし。すごいな。

こんな長細い箱で直接家に届けられ、
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開けるとプラスティックのハンガーと共にスーツが入っています。
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スーツはハムとかベーコンみたいに真空パックになっていて、同梱されたハンガーに掛けて、1時間くらい経つと形が戻りますよ、と書いてあります。
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吊るしのスーツでもすそを直したりして一週間くらい受け取りに時間がかかることを考えると、オーダーの敷居って、低くなりましたね。
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琳派−光悦と光琳 [芸術]

珍しくノープランで平日に休みを取ってしまい、どうしたものかと朝1時間考え、暑いのでアウトドア活動はやめて熱海のMOA美術館の琳派−光悦と光琳に行ってきました。

この美術館、とても良いですね。

着いたのが昼過ぎだったので、併設のカフェレストランで前菜、メインとフランス料理でランチをしてしまい、平日の空いた美術館でゆっくり見ました。

本阿弥光悦、俵屋宗達、尾形光琳、酒井抱一ほかという正統派の展示で、何より空いているので、東京で見るように人の隙間からのぞき見るのではなく、まるで日曜美術館の番組のようにゆっくり見ることができました。
あと、この美術館、海外の美術館のように、写真撮っても良いんですよね。
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熱海から結構狭い道を登りますが、海も見えてゆっくりと時間を過ごすのに良いところです。
次は違う季節に来てみたいです。
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尾形光琳の「紅白梅図屏風」を所蔵していることで有名ですが、これは梅に合わせて2月に展示とのこと。
2月はちょっと厳しいかな。
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二度目のリコール [車]

前回のエンジンから火を噴くリコールに続いて、今度は不適切な検査のリコールということで、定期点検と一緒に済ませてきました。
台数が多く、一度に集中しないよう、定期点検と一緒に済ませるようにインセンティブを与えているようです。
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まあ、ちょっとリコールが多いですよね。前の前の車もあわせて3回目です。


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琳派 ―俵屋宗達から田中一光へ― [芸術]

山種美術館にさっと行ってきました。

【特別展】琳派 ―俵屋宗達から田中一光へ―
http://www.yamatane-museum.jp/exh/2018/rimpa.html

俵屋宗達、尾形光琳、酒井抱一、鈴木其一といった定番から、後半は琳派に影響を受けた後の画家として田中一光まで。

やはり前者の大物の絵が印象に残ったものの、以前に山種美術館で見たことがあったものが多かった印象でした。

ただし、良いのか悪いのかわかりませんが、山種美術館はひどく混雑していることがなく、ゆっくりと見られる気がします。
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マルタ語学研修(ダイジェスト) [旅・出張]

ばたばたして少し時間が経ってしまいましたが、ゴールデンウィークは地中海の島国、マルタに行ってきました。

マルタは長くイギリス統治下にあったこと、物価が安いことから英語学校があることで有名で、半分観光ではありますが、一週間英語学校に入ってみました。

授業は半日、そして5/1は祝日だったので、それなりに観光もしました。
マルタは本島とゴゾ島、そしてとても小さなコミノ島からなります。
本島でも淡路島や東京23区の半分くらいの大きさで、比較的簡単に見て回れます。

島の海岸線は変化に富んでいて、Blue Grottoという洞門があり、ボートで中まで行くことができます。
地中海の青はなんとも言えないですね。
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マルサシュロックという港町も観光地となっており、目が描かれたカラフルな船があり、新鮮な魚が食べられます。
のんびりした港町と思いきや、冷戦終了のマルタ会談が行われた地でもあります。
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エムディーナは、バレッタに首都が移る前の旧都。
夜に訪問したところ、雰囲気抜群。首のない花嫁姿の少女が現れるという伝説があります・・・。
マルタ騎士団が築いた街であり、ロードス島に似ていますね。
冬のように寒かったのもきつかった。
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エムディーナは島の真ん中に位置していて、海賊対策だったとか。
島で二番目の高台にあるため、夜景もきれいでした。

そして、世界遺産のバレッタ。
とても複雑な海岸線になっていて、細長い半島のようになっているのがバレッタ旧市街。
対岸から見ると、長崎の軍艦島を思い出します。
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中に入ればマンハッタンのように縦横に道が区画されています。
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聖ヨハネ大聖堂はもともと質素な教会として建てた後、バロックの装飾が内部に施されたため、外から見ると地味、中は派手派手という教会。
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さらに、マルタには紀元前の巨石神殿群が残されており、これも世界遺産になっています。
紀元前4500-2000年頃と言われる割には保存状態が良いです。
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小さな島国マルタ。
シチリアのすぐ近くにありながら、現地の言葉はマルタ語。イタリア語等からの借用語が多く、ラテン文字で記述するものの基本的にはアラビア語なんだそうです。
街中にはクレーンが立ち並んで建設ラッシュ。
人口も急増していて、小さいながら元気な国です。
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東京国立博物館「名作誕生 つながる日本美術」 [芸術]

久し振りに仕事も旅行も法事もない休日、久し振りに美術館。
行こうと思っていた東京国立博物館の「名作誕生 つながる日本美術」に。
金曜日と土曜日は夜までやっているということで、いろいろ片付けてから19:00過ぎから見てきました。

日本美術の展覧会で、一つの時代だけではなく、奈良から大正時代までを俯瞰して、全体の流れを見ることができます。
それでいて、いくつかのテーマのまとまりに焦点を当てているので、冗長にならず、ストーリーが強調されています。
例えば、狩野派はいくつか紹介されているものの、脇役です。
なので、一人の作品をひたすら見せられる展覧会や、ばらばらといろいろなものを見せられる展覧会と違って、飽きずに引きつけられます。

http://meisaku2018.jp/highlights/

始まりは一木造りの仏像から。
一木造りですから、脱活乾漆造と寄木造の間の狭い時代ということになりますが、並べて見て見ると、胴と足の長さのバランスや、身体の太さ、衣文など、様式がかなり違うことがわかります。
一方で、素材の制約なのか、どの像も直立していて、奈良時代の金属製の仏像に見られるような身体をひねった表現は見られません。
普通、仏像はお寺にあらうので、並べていくつも見る機会は少ないですよね。

説明によれば、一木造りの仏像は、鑑真が連れてきた大陸の工人がはじめたとのこと。
大陸では石で仏像を作っていたものの、日本には適した材料がなかったため、カヤの木で作り、白檀の木で作ったかのように色を塗ったとのこと。
一方の日本人も、仏像は金属や漆といった貴重な素材で作らなければならないと思っていたのに、カヤの木で作るんだ、という驚きがあったものの、慣れ親しんだ素材であるために、すぐに技法をものにしたとのことです。

「祈る普賢」というテーマでは、「扇面法華経冊子」が印象的でした。
平安後期の絵巻、料紙は大好きで、この「扇面法華経冊子」も料紙が美しく、現代にあってもまったく不思議ではない完成度。

琳派の宗達も、彼が多くの古典を題材にした作品を手がけたことが後のテーマの多彩さにつながっていることが示され、最近、何が何だかわからないほど人気がある若冲もなんと「若冲と模倣」というテーマで、彼が中国絵画を、そして自身の絵を繰り返し模倣したことが幹となっていることが示されます。

和服も展示されていて、「小袖 縞縮緬地桜山模様」もため息が出るような美しさ。
吉野山を思わせる桜と山が友禅で華やかに表現されています。

最後に浮世絵もいくつか示されていますが、それは岸田劉生の有名な洋画「道路と土手と塀」の前振り。
岸田劉生は古典や日本画をよく勉強していたらしく、不気味な麗子を描いた野童女は、寒山拾得図を意識して書かれたものだそうです。

たいてい展覧会は1時間ちょっとで飽きてしまうことが多いのに、2時間近く見入ってしまいました。
お薦め。というか、自分でももう1回行っても良いくらいです。


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