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武蔵野ふるさと歴史館 [日常]

以前から行きたかった、武蔵野ふるさと歴史館にようやく行ってきました。

国内を旅行していると、それぞれの町に歴史民俗資料館の類いがあって面白いのですが、地元は盲点でした。
というより、そもそもできたのが4-5年前で、当初は土日が休みというけしからん状態で、ようやく最近、土曜日は開館するようになりました。
日曜日はまだ休館ですが。

武蔵野ふるさと歴史館は中央線の線路沿い、武蔵境駅から西に結構歩いたところにあります。
そもそも武蔵境の駅自体、高校の頃は近くにいたもののとんとご無沙汰で、物珍しい。
中央線が高架になってからこの辺りを歩くのは初めてかも知れません。
高架にして出来た敷地を使って出来たのでしょうか。
線路沿いにまっすぐと道が延びています。
DSC_0847.jpg
昔は無かったような気がします。
電線は地中化され、ぽつぽつと高架下に店や施設があり、なかなか良い感じです。
周囲にはマンションが立ち並んでいます。

そろそろ武蔵野市から出るのでは、と思った頃に目的地はありました。
DSC_0850.jpg

展示はワンフロア、1階のみです。
井の頭公園で見つかった縄文時代の石器から始まり、武蔵野市が成り立つまでの歴史がコンパクトにまとめられていました。
江戸時代の明暦の大火以降の歴史が中心になりますね。

旅行をして気付くこととして、どこの地域のもそこでのハイライトというものがあります。
薩長に行けば明治維新だし、福井であれば地震、酒田であれば火事、新潟であれば排水工事です。

そして武蔵野市では、中島飛行場なのでしょう。
企画展示で充実していたのかも知れないですが、中島飛行機の武蔵野製作所への空襲は詳しく展示されていました。
第二次世界大戦の本土空襲で、空母から行われたドーリットル空襲を除くと、初の空襲の標的が中島飛行機の武蔵野製作所でした。
また、この広大な武蔵野製作所の跡地を戦後どのように活用してきたか、も焦点です。

今回初めて知ったことが2つありました。

1つは、私が生まれ育ったあたり、一中の西の中央通りとの間は、丸々エンジン工場だったようです。
DSC_0849.jpg

もう1つは野球スタジアム。
戦後に野球スタジアムが出来た頃は知っていましたが、福祉会館から市役所までのあたり、道がカーブしているのは野球スタジアムの形がそのまま残っているようです。
戦前にはそのような道もありません。
あのあたりが窪んでいるのも、もしかしてスタジアムの形なんでしょうか。
https://goo.gl/maps/JsdSSxL25u22

1時間ほど楽しめましたが、やはりもっと早くこうした施設を作るべきだったという印象です。
そうすれば、もっといろいろな資料が集まったはずです。

戦後の歴史も三鷹事件もありました。

武蔵野市は都市規模の割に美術館もこうした施設も貧弱です。
もっともっと頑張って欲しいです。
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佐渡島旅行 [旅・出張]

国内もいろいろ行って、ここ最近は半島や島への旅行が増えてきています。
10月の連休は佐渡島へ。

島の旅行はやはり時間がかかるので、初日はいつもより早起きして新幹線で新潟へ、新潟からジェットフォイルで両津港へ。
台風が日本海側を通過予定でどうなるかと思っていましたが、無事に佐渡島に上陸できました。

初日はバスで佐渡歴史伝説館、佐渡博物館を回っておしまい。
泊まったホテルの周り、夜は何もありませんでした。

2日目、台風の通過によって、未明に強い風が吹いたようで、朝方はまだ雨がぱらついていました。
船も午前中は欠航していたようで、まさに孤島状態。
この日はレンタカーを借りて、本格的に観光しました。
本当は三日間車を借りようと思っていたのですが、なんとどの会社も満車。
台風のせいでキャンセルが出たのか、直前に見たらこの1日だけ借りられました。

まずは西三川ゴールドパークへ。
佐渡は金山が有名ですが、金が出るところはいくつかあり、この西三川は砂金がとれたところ。
昔、買い付けた野菜の土に砂金が着いているのに気付いた男が畑を買った話など、面白い話があります。
最後に砂金とりの体験コーナーがあります。
本物の川砂が用意されているそうで、これを水の中で揺すって軽い砂を減らしていきます。
見せてくれたお手本のようにはとても行きませんが、いくつかとれて記念品に。

さらに佐渡島南西の小木半島に向かいます。
途中で真言宗の蓮華峰寺を見ましたが、他に誰もいませんでした。
矢島・経島も誰もいませんでした。
船が欠航しているせいで、近隣からの観光客がいないせいかも。

そしていよいよハイライトの宿根木へ。
ここは重要伝統的建造物保存地区になっている集落です。

宿根木の入口の佐渡国小木民俗博物館・千石船展示館へ。
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千石船展示館の名の通り、巨大な千石船を船大工たちによって復元し、なんと中にも入ることが出来ます。
隣接している学校を改良した博物館も古い生活用具を並べていて、雰囲気がありました。

そしていよいよ宿根木の集落へ。
入江にある川の河口の狭い範囲に家が密集して、周囲は段丘上に高低差があるため、山道のような階段を降りていきます。
すると、突然タイムスリップしたような町が現れます。
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もちろん、生活している人がいるわけですが、いくつかの家屋は公開されており、三角屋、清九郎、金子屋を順番に見ました。

三角屋は違う地区で建てられた四角い家を移築したというもの。
おばあちゃんが長く住んでいましたが、高齢になって転居したため後悔されるようになりました。
もともと四角かった家を、三角にしてここに移築したと言うことで、内部はなんとも不思議な作りです。

清九郎は豪勢な家で、簡単に説明してくれました。
入ると囲炉裏がある間があり、吹き抜け。
寝る場所はちょっと高くなっていて、鼠返しがある。
白川郷の家とちょっと似た配置。
けやきの一枚板、一本の柱など贅沢で、釘隠しまであった。
窓の開け閉めは滑車で出来て、このあたりは船の技術でしょうか。
石で押さえた石置木羽葺屋根と呼ばれる屋根です。
向かいの蔵は板で囲われており、能登の黒島の鞘蔵と同じ。

金子屋も同じような配置でした。
全般的に外見は古びた木で質素ですが、中は豪勢。
外観の木材なども含めて、船で使われた丈夫なものを再利用しているそうです。
また、集落内を流れる川にかかった石は尾道のものだったりするそうです。

最後に井戸の横を登って段丘の上から見ると、街を一望できます。
一段下がった狭い地域に住宅が密集していることがわかります。
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昼食を摂って宿根木を発ち、ここから大きく北部の相川まで移動して、佐渡奉行所。
これは復元されたもので、バスで来ていたツアー客と一緒にガイドを受けました。

このあたりと金山の間には今こそ車道が走っていますが、並行して当時の街並みが京町として残っています。
時間が無いので、ほんの一瞬だけ見て、自分の影と一緒に写真を撮りました。
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そして、北ルートとは別に、佐渡金山の横を通って大佐渡スカイラインで両津に戻りました。
紅葉にはちょっと早い。
夕暮れの展望を楽しみにしていたのに、一番上はガスが出ていて、結局いつもの展望に・・・。
雨男過ぎる。
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両津の夷町(えびすちょう)に出て、三軒はしごして、この日はおしまい。
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最終日は、二日酔いで1時間近く起きられませんでした。
この日はバスで佐渡金山へ。
今では坑道も人形がおかれてすっかり観光地でした。
初期の露天掘りの跡が、道遊の割戸として残っています。
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佐渡金山って、平成元年まで掘っていたんですね。
江戸時代は、それはそれは労働集約的な方法で鉱石から金の純度を高めていって小判にしていました。
金山とは言うもののの、その何倍も銀が採れるので、まずは金銀を鉛の合金として取り出し、さらに銀と金を分離します。
地盤が固い佐渡金山ではタガネも1-2日でだめになってしまったそうで、採掘には道具を作る技術が必要とされますし、土木技術や排水技術も必要です。
結果として多くの技術がこの地に集まっていて、棚田が作られた技術のベースにもなっているそうです。


バスを乗り換えて両津港に戻り、ジェットフォイルで新潟へ。
新幹線で東京に戻りました。
12時過ぎに金山を出たのに、家を着いたのは19時頃でした。

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デジカメ更新 [買い物]

デジタルカメラが壊れてしまったので、買い換えてきました。

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上のものがこれまで使ってきたNikon Coolpix S620で、調べてみると2009年に買っているので、思い返せば、本当に世界中に持って歩きました。
以前の機種よりも格段に画素数が多くなり、いろんな写真を撮りました。
https://www.takayas.jp/gellery/gellery.html

しかし、ついにシャッターボタンがもげ、セレクターが動作しなくなりました。
以前まったく同じことが起こって修理したことがありますが、さすがに2回目で寿命かと。

最近スマートフォンのカメラの性能が格段に良くなってきて、コンパクトデジカメ自体が役割を終えつつあり、売場面積も本当に狭くなりました。
今さらコンパクトデジカメを買うのかちょっと悩み、アウトドア用のものを買いました。
大型だとポケットに入らないし、ダイビングをしたりはしないものの、魚釣りには行くし、旅行に行ってもいつも雨なので。

サイズが随分大きくなってしまって、そこは残念ですが、新しいカメラって面白いですね。
GPSがついていたり、Wi-FiやBluetoothでスマートフォンと連携したりします。
さあ、これからどんな写真が撮れるのかな。
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静岡旅行 [旅・出張]

この9月は良いか悪いか祝日がばらけていて三連休2回、後半は静岡に行ってきました。
本当はもっと西に行くつもりだったのですが、初日に東京を離れられなくなってしまったので、2日目、3日目に一泊2泊となってしまいました。

車で静岡まで行って、静岡県立美術館で「幕末狩野派展」。
地方の美術館は、空いていてゆっくり見られて本当に良いです。
東京は美術館や博物館はたくさんあるものの、いつも人をかき分けてみている感じで、恵まれているのか恵まれていないのかわからなくなることがあります。

ちょっと夜の街を歩いて見たところ、静岡は駅からの中心街が賑やかで、シャッター街にはなっていません。
電線が地中化されていて、歩いている人も多い。
歓楽街のようになっている一角もあるののの、しゃれた店も多く、若者も多い。

いろいろ見て見たかったのですが、前日までの疲れが出て、ホテルで寝てしまいました。

翌朝、駿府城公園まで行き、県庁21階の展望台まで行って見ました。
シャツが汗びっしょりになるほど暑いのに、富士山は雲をかぶって見えず。

諦めて、車で日本平ロープウェイまで行って、久能山東照宮に行きました。
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ここは徳川家康が死後に埋葬され、祀られた神社。
日光東照宮が出来たのは、一周忌後です。

昔は歩いて登るしか無く、実際、神主さんたちは今でも毎日歩いて通勤しているそうです。
しかし、観光客はロープウェイで一直線。
便利なものです。

ロープウェイ乗り場には展望台があり、工事中でしたが、清水らしき街がよく見えました。
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さらに足を延ばして(といっても静岡市内ですが)、三保の松原。
羽衣伝説とともに、世界遺産アピールが目立ち、もうすぐビジターセンターが出来るようです。
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そして、最後は清水港のフェールケール博物館。
清水港の博物館と言うことで、湊がどのように発達してきたのかよくわかります。
昔はもっと内側の湊だったのに、向島がどんどん大きくなり、最後は地震で隆起してしまったので、向島の外側に港を移したのが今の清水港になります。

博物館には小さな缶詰博物館も併設されています。
ここの地味に面白かった。
ツナ缶などの輸出で清水は大いに発展しました。
「はごろもフーズ」って、清水由来。
言われてみれば三保の松原の羽衣伝説から来ているのですね。

また、最近見る、底側に継ぎ目がない缶詰は、プレスして一気に形を作っているようですね。
面白いのは、整形してから印刷するのでは無く、印刷してから整形しているようで、放射状に間延びした印刷がされた整形前の板も展示されていました。
ここでも説明されていますね。
https://www.toyo-seikan.co.jp/product/for-foods-can/drcan.html

三連休の帰りと言うことで、高速道路の渋滞にうんざりしましたが、月がきれいに見えました。



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三重旅行 [旅・出張]

このところ疲れ切っていたにもかかわらず、三連休なので三重県を旅行してみました。
このところ平日が忙しく、土曜日の朝はぐったりとしてしまって、出発が遅れたので、やや不完全燃焼の旅行に。

これまで47都道府県には行ったけれども、47の県庁所在地に入っていない、ということで、まずは最期の地、津へ。

■津

名古屋まで新幹線。仕事では無い東海道新幹線の開放感は良いですね。
スマートEXで予約していたので、新幹線に続いて名古屋でなめらかにSuicaで快速みえに乗り換えたまでは良かったものの、何とJRの津はICカードのエリア外。
車内で精算し、その旨の証明書をもらい、エリア内に戻ったらこれを見せて入場記録をキャンセルしてください、とのこと。
それはそれで良いのですが、JR以外のバスや近鉄はICカードが使えるのに、以降、全て現金払いとなってしまいました。

あと、印象的だったのは名古屋からほとんど起伏が無く、ぺたっとした地形。
津も四日市もとても海抜が低い。

さて、肝心の津は、県庁所在地ではあるものの、駅前も近所で言えば武蔵小金井くらいの賑わい。
三重県立美術館を見てから、街の中心部に出てみました。
街の中心部は津からも隣駅の津新町からも微妙に離れています。
空襲があったせいもあると思いますが、通りは広く、あっさりとした街並み。
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繁華街とされる大門のあたりも最近アーケードも撤去されてしまったらしく、閑散とした感じ。
厳しい。
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津城址、津観音を見てから、うなぎを食べ、バーで飲んで終了。


2日目はレンタカーを借りて南へ。
専修寺(せんじゅじ)の最近国宝となった如来堂、御影堂を見てみました。
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三重県立総合博物館で北海道の名付け親、松浦武四郎の展示、常設展示の三重の地質、生態、歴史を見てから、松阪へ。

■松阪

松阪市立歴史民俗資料館で伊勢の木綿を徳島の藍で染めていた話を見て、天守閣跡、鈴の屋、本居宣長記念館を見てから白から御城番屋敷へ。
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ここは重伝建にはなっていないものの、街並みが残っています。

街の市街も街並み、雰囲気が残っていて、その中の長谷川邸でガイドの説明を受け、松阪商人の家の豪華な作りを見ましたた。
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あと面白いな、と思ったのは、「笑門」のような字が書かれた注連飾りがどの家にも残っていること。
伊勢地域の文化だって、説明されていますね。
http://www.bunka.pref.mie.lg.jp/MieMu/83003046690.htm


■鳥羽

レンタカーを借りたのは、本当は鳥羽や志摩に行きたかったからなのに、出発が遅れていろいろ後ろ倒しになったため、鳥羽でミキモト真珠島を見るだけに。

ただ、伊勢を超えたあたりからぺったりとした地形がリアス式の複雑な海岸線へ急変しており、三重県南部の雰囲気は味わえました。
次の機会ですね。


■四日市

車で津まで戻って津ぎょうざを食べて、近鉄で四日市へ。

ここは、津と違って大都会ですね。
ただ、繁華街は歓楽街といった感じで、日本人、中国人の客引きがとても多く、歩きにくい。
バーをはしごして、ラーメンと餃子とご飯で締め、というだめな人のコースをたどって就寝。
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翌朝、四日市市総合博物館へ行きました。
ここは無料なのに展示は充実しています。
ジオラマがあって、近世の暮らしがわかります。

何と言っても四日市ぜんそくの展示が興味深い。
我々の世代はこれで四日市を知っている訳ですが、展示してある最近教科書を見ると、ほんのちょっとしか取り上げられていません。
日本で深刻な公害があったこと自体、今の日本の子供たちからは想像しにくいのかな、とも思いました。

公害訴訟は9人の原告となりましたが、親戚にも被告企業に勤める被害者が多く、原告集めは苦労したそうです。
ぜんそくの原因は、何か変なものを作っていたと言うより、硫黄分が多い原油を燃やしたことによる亜硫酸ガス。
かなり踏み込んだ判決が出て、中東産の硫黄分が多い原油からの切り替えやLNGへの転換、脱硫技術の導入で1960年代の
公害は、1970年代に入って改善されていきました。
学校の教室に空気清浄機をつけてあった写真や、配られていたマスクが展示されています。
マスクなんて効果があるのでしょうか。


■関宿

最後は電車で関宿へ。
関まで電車で行き、観光案内所で地図をもらって坂を登っていきます。

ここは東海道五十三次の宿場町の街並みが驚くほど残っています。
もちろん、重伝建。
東の追分から、西の追分まで1.8kmの区間、街並みが続きます。
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宿場町だけあって、遊郭だった建物があって、しびれます。
写真だとわかりにくいですが、所々朱色に塗られたりしています。
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ここでも注連飾りが残っている家がありました。
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三重に行くまで知らなかったのですが、東海道って、東海道新幹線のルートと違うんですね。
愛知の宮から桑名まで船で渡り、三重を通って、鈴鹿山脈の北の関ヶ原では無く南を通って滋賀に抜けていました。
実は国道1号線もそのルート。
その鈴鹿山脈の手前にあるのが関宿です。

明治維新後、むしろ宿場町としては栄えたものの、現在の関西本線である鉄道が開通したことで宿場町としての機能を喪失し、国道1号線もほんの少し離れたところ(駅の前)を通ったことによって、この街並みが残りました。
現在では人が住むところが多いものの、所々観光客向けのカフェや土産物屋になっていて、重伝建としては良い感じの玄奘です。
ただ、連休中なのにそれほど観光客は多くないんですよね。他の重伝建もそうですが。みんなもっとくれば良いのに。

鉄道で無人駅の関駅からの名古屋駅の戻り、精算と、Suicaの出場記録の修正を行って、新幹線で東京へ。
関宿はのんびりしていたのに、連休最終日で新幹線は軒並み満席になっており、優雅にグリーン車に乗ってしまいました。







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キューバ・カナダ旅行 [旅・出張]

夏休みはキューバとカナダに行ってきました。

キューバはアメリカ経由では行きにくく、カナダかメキシコを経由するのが一般的。
今回はカナダ経由で、二次元の地図を見ると遠回りのようでいて、実は結構直線で行けます。

■シエンフエゴス

台風をぎりぎりかわして羽田、トロントを経由してハバナへ深夜到着。
そして翌朝にバスでシエンフエゴスへ。

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ここはフランス系の移民が築いた街で、格子状に道が走る街は世界遺産になっています。
新古典主義の建物が多いように思いました。

観光客はいるものの、街中にレストランなど観光客向けの店は少なく、この後どうなるのかと思いました。
とにかく暑く、寝るときも冷房を入れないといけないのに閉口しました。

■トリニダー

さらにバスでトリニダー。
ここも世界遺産、中心部は赤い瓦屋根の家々がよく残されています。

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ここに来ると観光客が極めて多く、中心部にはレストランやバーが並びます。
せっかくなのでロブスターを食べてみました。
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我々観光客が移動するViazul社のバスは中国製でまだましな一方、地元の人が移動しているらしい「乗り物」はあり合わせで作った質素なもの。
この乗り物なんて、路面電車か何かの車輌をトラックに合体させたとしか思えない。
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バスからの車窓は山あり、川あり、森あり、海ありですが、目立つのはサトウキビ畑。
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植民地化され、砂糖生産のためにアフリカから黒人奴隷が連れられてきた歴史を思い起こします。

また、車窓から見える田舎の家は質素な平屋で、決して生活水準が高いようには見えません。


■サンティアゴ・デ・クーバ

さらにバスで、キューバ島東部、キューバ第2の都市サンティアゴ・デ・クーバへ。
ここのモンカダ兵営をカストロらが襲撃したのがは、キューバ革命の始まりと言うことになっています。

商店街が賑わっています。
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ただし、スーパーマーケットのような店を除くとがらんと暗かったりしますし、商品が多い場合も同じ種類の商品が多く並んでいる感じです。

■カマグエイ

バスで西に戻りつつ、キューバ第3の都市カマグエイ。
バスが交通事故で4時間ぐらい遅れて、着いたときは日が変わっていました。

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ここも賑やか。ただ、街の道はもっと複雑に入り組んでいます。

■ハバナ

そしてハバナに戻ってきました。
ここはそれまでの都市よりずっと都会。
観光客やそれ向けの店がとても多く、さらにはブランドものの店までありました。
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そして、飛行機でハバナを発って、カナダのトロントへ。
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■トロント

キューバから来ると、空港でも電車でも、もちろんホテルでもカードが使えて、インターネット接続が出来て天国のようです。

ここから足を延ばしてナイアガラの滝を見てきました。
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トロント自体はこれと行って見所があるわけでもないですが、移民の街で、たくさんの移民街があります。
一番大きいのはもちろん、チャイナタウン。
河西回廊旅行でなつかしの蘭州ラーメンを食べて帰ってきました。
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秋田青森旅行 [旅・出張]

7月の連休に、秋田から青森へと旅行してきました。

秋田も青森も旅行したことがあるので、行っていないところ、見ていないところを中心に回りました。


秋田に飛行機で夕方について、稲庭うどんを食べてからホテルにチェックイン。
川反こそ覗いてみましたが、観光らしい観光はせず、比内地鶏を食べて終了。
街中で大きな虫が飛んでいて、何だろうと思ったらカブトムシの雄でした。
とりあえず、東京より5℃くらい涼しい。

翌日、秋田駅から五リゾートしらかみで出発。
これはローカル線である五能線を走る観光列車で、席や窓の配置も観光向け。
三味線の実演が車内であったりして、飲んでいる人も多いです。
秋田を出発する際は満席。出発前から予約しておいて良かったです。

各駅停車ではなく、主要駅を止まっていきますが、ところどころ景色が良いところでは止まったりします。
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中国人観光客もいて賑やかだった車内も、秋田県から青森県に入り、白神山地を降りると空いてきます。
そして津軽平野に入ると岩木山。
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今回は、太宰治の出身地である金木まで行ってきました。
五所川原駅でリゾートしらかみを降り、ローカル鉄道の津軽鉄道に乗り換えます。
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津軽鉄道はご多分に漏れず過疎で乗降客は減っているようですが、観光列車として力を入れているようで、乗り込むとアテンダントが行き先を聞いて、地図をくれます。金木の地図をもらいました。
また、車内もこの時期は風鈴がいくつも下げられていて、帰りの列車は太宰治の小説からの引用で埋め尽くされていました。

金木(かなぎ)の駅で降りると、何もなく、閉まっている店が何軒かあります。
太宰治の「津軽」では、ある程度賑わった町のように描かれているものの、やはりその後は過疎が進んでいるのでしょうか。ごく最近に閉店したというお知らせがいくつかありました。

まずは駅の近くから旧津島家新座敷へ。
ここは太宰治の兄夫婦のために、もともと津島家の屋敷であった「斜陽館」につなげて建てられたもので、和洋折衷の贅沢な建物。
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太宰の父がすぐに亡くなったために、実際には兄夫婦が使用したのは短期間だったとのこと。
長く生家と関係が途絶えていた太宰治が帰郷して使用し、二番目の妻美知子とも結婚していて落ち着いて創作活動に打ち込んだ場所です。
現在では斜陽館から少し離れたこの場所まで移動されていますが、そもそもこのあたりも津島家の敷地であり、いかに津島家が栄えていたかを感じさせます。
男性が15分ほどで太宰治の小説を手に説明してくれます。
太宰治はその最期や、晩年の人間失格といった作品による暗い印象が強いと思うが、ここで穏やかな精神状態で創作に打ち込んだ時期の作品もあることを知って欲しい、執筆された時期を意識して作品を読むと面白いですよ、とのことでした。
ちなみに、かつては林業で栄え、木が金になるので金木ということです。

続いて斜陽館へ。
ここは旧津島家の本体だった建物。
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まず大きいと言うことに加えて、ヒバがふんだんに利用されています。
派手に装飾された部屋もあり、豪勢な生活をしていたことがわかります。
観光客もこちらはかなり多くなっていました。

そして津軽三味線会館。
ちょうど時間があって、生演奏を聴くことが出来ました。
もともと三味線は目が見えない人が門付けとして演奏するもので、地位も低かったそうです。
そこに仁田坊という演奏者が現れ、現在のスタイルを確立し、地位も向上していきます。
聞く人を引きつけるようにたたきつけるような力強い演奏とし、曲も標準化されていきました。

芦野公園まで歩き、旧駅舎を利用した喫茶店で休んでから津軽鉄道で津軽五所川原駅に戻り、JRで弘前に到着。
弘前は前も来たことがあるので、ホテルに落ち着いたら結局観光せず、夜に飲みに行ったきりでした。
でも、夜の涼しさが素晴らしく、ゆっくりと眠れました。


翌朝は津軽半島の東側、外ヶ浜に行ってみることにしました。
朝、弘前から青森に出て、津軽線で蟹田駅乗り換えで終点の三厩(みんまや)駅まで。
ここからさらに町営のバスで、昼頃に津軽半島の先端、龍飛﨑まで。
せっかく来たのに、(いつものように)天気が悪く、まったく景色が楽しめませんでした。
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また町営のバスで三厩駅まで引き返し、1時間待って再び津軽線で蟹田駅乗り換えて青森まで。
津軽線は1日に五本程度しかなく、乗っている人もカメラを抱えた鉄道マニアらしい人達ばかりでした。
しかし、貨物列車が青函トンネルを通るために津軽線の一部を経由しているらしく、往きも帰りも貨物列車の通過待ちがありました。
森ばかりの景色が開け、新幹線の線路や立体交差した海峡線が見えるところは壮観でした。
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青森で寿司を食べ、最終便の飛行機で羽田に帰りました。
あまりの暑さで羽田空港の滑走路に穴が空いたと言うことでダイヤが乱れており、家に着いたときは日をまたいでいました。
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スマートテーラー [買い物]

オンワードのスマートテーラーという店が吉祥寺に出来たので、夏用のスーツを作ってみました。

いわゆるパターンオーダーですが、店で採寸してから、採寸データを中国の大連に送って縫製し、配送する仕組み。
本当に一週間で届いた。
看板に偽りなし。すごいな。

こんな長細い箱で直接家に届けられ、
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開けるとプラスティックのハンガーと共にスーツが入っています。
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スーツはハムとかベーコンみたいに真空パックになっていて、同梱されたハンガーに掛けて、1時間くらい経つと形が戻りますよ、と書いてあります。
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吊るしのスーツでもすそを直したりして一週間くらい受け取りに時間がかかることを考えると、オーダーの敷居って、低くなりましたね。
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琳派−光悦と光琳 [芸術]

珍しくノープランで平日に休みを取ってしまい、どうしたものかと朝1時間考え、暑いのでアウトドア活動はやめて熱海のMOA美術館の琳派−光悦と光琳に行ってきました。

この美術館、とても良いですね。

着いたのが昼過ぎだったので、併設のカフェレストランで前菜、メインとフランス料理でランチをしてしまい、平日の空いた美術館でゆっくり見ました。

本阿弥光悦、俵屋宗達、尾形光琳、酒井抱一ほかという正統派の展示で、何より空いているので、東京で見るように人の隙間からのぞき見るのではなく、まるで日曜美術館の番組のようにゆっくり見ることができました。
あと、この美術館、海外の美術館のように、写真撮っても良いんですよね。
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熱海から結構狭い道を登りますが、海も見えてゆっくりと時間を過ごすのに良いところです。
次は違う季節に来てみたいです。
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尾形光琳の「紅白梅図屏風」を所蔵していることで有名ですが、これは梅に合わせて2月に展示とのこと。
2月はちょっと厳しいかな。
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二度目のリコール [車]

前回のエンジンから火を噴くリコールに続いて、今度は不適切な検査のリコールということで、定期点検と一緒に済ませてきました。
台数が多く、一度に集中しないよう、定期点検と一緒に済ませるようにインセンティブを与えているようです。
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まあ、ちょっとリコールが多いですよね。前の前の車もあわせて3回目です。


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