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隠岐(島後・島前)旅行 [旅・出張]

島の旅シリーズ、今回は島根県隠岐(島後・島前)。

隠岐と呼ばれる諸島は島後(どうご)と島前(どうぜん)の2つのエリアからなり、島後は島後という島一つ、島前は中之島、西ノ島、知夫里島の3つから主に構成されています。


■島後編

金曜日の夕に羽田空港から出雲空港に飛んで松江で一泊し、翌朝土曜日の朝に飛行機で、島後(沖ノ島町)の隠岐世界ジオパーク空港へ。
ATR42-600、なかなか味があります。
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レンタカーで出発し、玉若酢命神社へ。
玉若酢命神社は入口にある八百杉(やおすぎ)という巨大な杉で有名です。
手水舎にアジサイが沈められているのもしゃれていますね(アジサイは毒だけど)。
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隠岐はとにかく神社がたくさんあり、島とはいえ回りきれないほどです。
(実は寺もたくさんあり、幕末には隠岐に106あった寺は一時0になるほどの激しい廃仏毀釈で激減している。)
建築様式は隠岐造りと言われるもので、大社造りに似ています。

続いて向かったのは佐々木家住宅。
庄屋の家を保存したもので、中を案内してもらえます。
家の前の石段に生えている草(龍の髭)、雨だれがはねないようにする機能があるのだそうです。
知りませんでした。
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隠岐はアジサイがとても多いです。
川沿いにも並んで咲いているのを見ると、これは自然に生えているのではなく、人が植えているのでしょう。
住んでいる人の心意気を感じますね。
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途中で岩倉の乳房杉(ちちすぎ)に立ち寄った後、中村地区で昼食。さざえ丼。
さざえって、普段あまり食べないもの。最後に食べたのはいつだろう。
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島後の北端近くまで来て、白島(崎)展望台。
ここは岬のように少し飛び出しているのですが、湿った海風で洗われているため、不思議なことに1年中アジサイが咲いているらしい。
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そしてこれは島後の見所として有名なローソク岩。
日本海側は波が荒く浸食が激しいため、波で洞窟が穿たれ、それが崩壊して残るとこのような形が残るそうです。
これは思ったより小さいかな。
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ここからは南下して、創生館、向いの隠岐郷土館、水若酢神社。
それぞれほぼ隣り合っています。
隠岐郷土館は学校だったような建物で、竹島の展示コーナーもありました。
そう、竹島は島根県沖ノ島町に属しているのです。
水若酢神社はやはり本殿は妻入の隠岐造り。
http://www.oki-geopark.jp/episode/lifestyle/culture/architecture/
土俵があります。これも隠岐によく見られるらしい。
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夕方になってきて、都万の船小屋を見て、壇鏡神社、壇鏡の滝へ。
壇鏡の滝は入口がわからなくて難儀しましたが、ようやく到達した滝は雨の中、趣があってとても良かった。
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レンタカーを返し、送ってもらって、夕食に魚をたくさん食べ、たくさん飲んで島後の一日が終了。


■島前・中之島編

一夜明けた朝、ホテルをチェックアウトして、島後の西郷港のフェリー乗り場からフェリーしらしまで出港して中之島の菱浦港に上陸。
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中之島は行政区画では海士町となります。
過疎ばかりの離島の中で人口が増加に転じたことで有名で、人口の2割はIターン、Uターンだそうです。
山がちの隠岐の島々の中で唯一稲作が行われていることも特徴だそうです。
また、斜面では牛が放牧され、足が強くなります。足が強くないと体重を増やせないそうです。

菱浦港の建物は当地の踊りの名を取ったキンニャモンニャセンターと呼ばれる木で出来たしゃれた建物です。

ここから、海中展望船「あまんぼう」に。
随分と時間が経っているので地図で見てもわかりにくいですが、島前の三島は火山のカルデラを囲む地形が元になっています。
島に囲まれた内海はとても穏やかで、ほとんど波がないため、岸際まで木が生えています。
しかし、内海を出たところにある三郎岩の近くに行くと波が荒く、木が生えている位置が高くなっています。
日本海の浸食は激しく、どんどん海岸の様子が変わり、三郎岩も最近岩が4つになってしまったそうです。
その三郎岩近くで水中を見ます。
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来るたびに船から餌をまいているので、魚が集まっています。
また、写真ではわかりにくいですが、海底は夥しい数のさざえでいっぱいです。

海中展望船を降り、船の時間まで菱浦の集落を歩いていました。
家々の庭もきれいに手を入れられていて、花が咲いています。
また、中国地方でよく見る恵比須さんがはまった瓦もありました。


■島前・西ノ島編

半日の中之島の菱浦港滞在後、昼に出航。
島前の島々の間は内航船という船が1時間に1回程度行き来しており、簡単に移動できます。
菱浦港を出航して15分で西ノ島の別府港に到着。
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西ノ島中心部の浦郷港まで行き、定期観光船で出発。

西ノ島の観光のハイライトは、北側、日本海に洗われたダイナミックな海岸線です。
しかし、主要な集落、港は海外線と波が穏やかな南側の内海側にあります。
内海から北側に出るためには船で島を回り込まなければなりませんが、島の細い部分に 船引運河という水路が掘削されていて、ショートカットできます。
日本海に浸食された国賀海岸は切り立った崖になっていて、尖った岩や、浸食された洞窟がたくさんあります。
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これらの近くを通るだけではなく、なんと洞窟の中に船で入ったりします。
その中でも深い、明暗(あけくれ)の岩屋にも入ることが出来ました。
暗いトンネルから、出口に近づき、外の光が入る瞬間は歓声が上がります。
ここに入れるのは天候次第で、何度も来ても入れない人がいるくらいだそうで、とてもラッキーでした。

浦郷港に戻り、今度は定期観光バスで出発。
赤尾展望所、 摩天崖と、断崖絶壁を陸から、上から見ます。
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見晴らしは良いですが、崖の凄さは海からに軍配が上がるでしょうか。
また、西ノ島も牛や馬が放牧されているため・・・足下が落とし物だらけ。
景色を見るどころか下ばかり見ている感じでした。

帰りには由良比女神社。
ここは面白い由来があります。
由良比女が芋桶に乗って海を渡っているときに、イカが美しい手に無礼を働き、そのお詫びに毎年神社の前の浜にイカがたくさん上がるようになったそうです。
実際にこの浜にはイカが大量に押し寄せるそうで、最近でこそ減ったものの、今でもイカが集まるそうです。
http://www.town.nishinoshima.shimane.jp/midokoro/miru/138
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これで夕方、宿にチェックインして、食堂で刺身定食を食べて西ノ島観光終了。

翌朝はバスで別府港に戻り、黒木御所阯。
隠岐に流された後醍醐天皇が住んだという場所です。
高台にあって、穏やかな内海がよく見えます。
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返りに西ノ島ふるさと館を見て別府港に戻り、フェリーしらしまで出航。
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知夫里島の来居港によってから外海へ出て、本土の境港に到着、バスで米子駅まで出て、特急やくもで岡山、のぞみで帰りました。
行きの飛行機と違って、帰りは一日がかりでした。


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淡路島旅行 [旅・出張]

日本の島シリーズ、今度は淡路島に行ってきました。
本州、四国とも橋でつながっているので離島感こそ薄いものの、東京からだと行きにくいですよね。

淡路島東部、中央あたりの洲本からレンタカーを借りて出発。
まずは洲本城、山上でとても景色が良く、洲本の町が一望できます。
また、砂浜が拡がり、大阪にも神戸にも近いのに海の透明度が高いことも印象的です。
城址には偽物の天守閣が作られていますが、中に入ることは出来ません。
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洲本を出て、反時計回りに一周することにしました。

途中で東山寺(とうさんじ)に立ち寄り。
本当にこの道で大丈夫かと思うような狭い山道を進むとあります。
淡路島最古の木造建築とのこと。
山奥の寺なのに阿形と吽形がいます。ただ、仏像は見られなかった。
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夢舞台で昼食を摂ってから、道の駅淡路、淡路島北端です。
明石海峡大橋が大きく見えます。
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淡路島は明石海峡大橋で本州と、大鳴門橋で四国とつながっていますが、大鳴門橋が先に出来たのですね。
明石海峡大橋は世界最長の吊り橋で、3990mという計画が、工事の途中で起こった阪神淡路大震災のせいで3911mになってしまいました。
鉄道を通すことは想定されていないそうですが、水道管が通っていて、淡路島の水不足を解消したのだそうです。

北端を回って今度は西岸を南下。
淡路島は全体的に高い山がなく穏やかな地形で、海岸線もなだらかなため、海沿いの道のドライブが続きます。
アップダウンもそれほどないせいか、自転車も見かけます。
ただ、自転車はなぜか対向ばかり、時計回りが主流なのでしょうか。


北淡震災記念公園では、1995年の阪神淡路大震災でずれた野島断層がそのまま残っています。
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家のすぐ横をこの断層が走ったものの倒壊しなかった「メモリアルハウス」も見学できます。
震災の体験コーナーもあってみていたが、揺れ方が鋭い。
建物の倒壊の写真もすごかった。

うってかわって近くにある淡路市北淡歴史民俗資料館は、北淡震災記念公園をよそに空いていました。
見学者はあとひとりのみ。
歴史を感じる?建物。
しかし、展示物は興味深く、土器で出来たイイダコ漁のたこつぼがあります。弥生時代でしょうか?
今でも漁をするとこれが網に掛かるらしい。
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そのほか、塩作りのための土器が見つかるのも特徴的です。
塩はここで消費する分だけではなく、他の地域にも供給されていたようです。
阪神・淡路大震災で壊れたという布団だんじりの部分展示もありました。
その他、漁師の防寒着「どんざ」、魚を買い付けた「生船(なまふね)」、不遇の国学者鈴木重胤の展示もありました。

残りは神社をはしご。

伊弉諾神社は淡路国一宮で、相当に立派な神社。
でも、憲法改正ののぼりがうっとうしい。政治的主張をここでしなくとも。
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おのころ神社は、鳥居だけ大きいものの、拝殿も小さなものでした。
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さらに国分寺は跡形はあまりなく、山の中にある成相寺(なりあいじ)も中身は公開されていませんでした。

このあたりで時間がなくなり、一周を諦めて高速に乗って洲本まで戻りました。


さて、一夜明けて最後は洲本の探検。
まずは洲本市立淡路文化史料館。
狸が迎えてくれます。淡路島には狸にまつわる昔話がいくつかあるようです。
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ここも3フロアの充実した展示なのに、空いています。
縄文のちょっとの展示と充実した弥生時代、古墳時代の展示があり、ここでも古くから塩を作っていたことが解説されています。
そして近世・近代の展示も充実。
現在の淡路島は兵庫県になっていますが、かつては阿波の領地でした。
阿波の蜂須賀氏の有力家臣の稲田氏が治めていましたが、維新で蜂須賀氏は幕府側、稲田氏は朝廷側に分裂。
維新後は政府に士族の処遇を求める稲田氏を蜂須賀氏が襲う稲田の変が起き、政府は蜂須賀氏側を処分するだけではなく、稲田家家臣も日高の静内に送られてしまいました。

また、洲本と福良の間に60年代まで鉄道が走っていたというのも驚きです。
淡路人形浄瑠璃やだんじりの展示もありました。

洲本城はかつては山上にありましたが、その後は麓に移り、そこを中心に、海側の内町、上流側の外町からなっていました。
海側の内町には2箇所からしか入ることが出来ませんでした。

昔の地図を見てから、淡路文化史料館を出て、現在の町へ。
地図で、左右の町の格子を見てください。
http://www.sumoto-cci.org/shimaaruki/sumoto/
今でも町の格子がまったく違います。
また、上に洲本川が流れていますが、その下にいわた通りという広い通りが左右に走っているところに注目です。イオンの下です。


堀端筋が内町と外町を分けていた掘り割りの跡です。
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外町だったところには商店街がいくつかあり、入口付近は賑わっていたものの、奥は寂れていました。
かつて洲本にはカネボウの工場があったそうですが、その当時は違ったのでしょうか。
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北側を東西に走るいわた通りは、不思議な感じで曲がっています。
これはブラタモリをいつも見ているとピンときますが、やはりかつての洲本川の流路のようです。
その後はここを鉄道が走っていたようですね。
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洲本川を付け替えて出来た土地にかつてのカネボウの工場がありました。
現在でもいくつかの建物が残されています。
写真で見ると、となりにみなと銀行の建物も同じような色合いで建てられて配慮されていますし、道の建物側は殿中がありませんね。良い感じです。

短時間ですが、なかなか楽しい街歩きでした。
ただ、街自体ほとんど高低差がなく、津波が来たら心配ですね。


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美を紡ぐ 日本美術の名品 ―雪舟、永徳から光琳、北斎まで― [芸術]

5月なのに暑くてやってられないので、涼しい博物館に行ってきました。

美を紡ぐ 日本美術の名品 ―雪舟、永徳から光琳、北斎まで―

狩野永徳「檜図屛風 」など国宝も出ていて、そのほか、継色紙「よしのかは」伊勢集断簡(石山切)「秋月ひとへに」、長沢芦雪「花鳥遊魚図巻」も良い感じでした。
料紙って好きなんですよね。

特定の絵師、時代というのではなく幅広く取り上げられていました。

その他の常設展もさっと見てきましたが、さすがは東京国立博物館、解説はとても丁寧、英語、中国語、韓国語も併記されていて、感心しました。


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伊藤若冲展 [芸術]

ゴールデンウィークを前にした最後の休日、福島県立美術館の伊藤若冲展に行ってきました。
https://jakuchu.org/

本当は一泊ぐらいしたかったのですが、ゴールデンウィークのための荷造りに時間を要し、結局弾丸で日帰りです。

寝坊したのであたふたと市議選に投票してから東北新幹線で福島へ。
つばさもデザインが変わっていますね。普通に窓際にコンセントがあるし、無料Wi-Fiです。
こんな時間帯は人が少ないかと思って自由席にしたら、復路は座れない人がいるくらい混んでいました。

福島駅からは福島交通飯坂線で美術館図書館前まで。
「若冲展ですか?」と駅員さんに声をかけられ、往復の電車代と入場券のセット割引を教えてもらいました。
結構電車も混んでいて、美術館も結構混んでいました。

「象と鯨図屏風」(2月も見ましたね)のように有名な作品もありましたが、水墨画を中心にかなり幅広い作品が展示されており、動植綵絵とは随分とイメージが違います。

動植綵絵のようにとにかく隙間無く書き込んでいる絵だけではなく、普通の日本画らしく?かなり余白を使ったものもあれば、動植綵絵のように細々書き込むのではなく、かなり乱暴というか、雑に書かれた印象がある作品もありました。

特にえっl?と思ったのが「付喪神」で、近くにいた人もこれって違う人の作品でしょ?と言っていたくらい。
https://www.youtube.com/watch?v=jvTpt3TLzmQ

夕方には宅配便を家で受け取らなければならないので、福島滞在時間2時間。
また、新幹線での旅行もしてみたいですね。

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八丈島旅行 [旅・出張]

最近は島の旅にはまっていて、世界の島、日本の島、東京の島という3つのシリーズが並行実施中。
今回は東京の島。

東京には伊豆諸島と小笠原諸島があり、今回は伊豆諸島です。
先日行った最大の島伊豆大島に続いて、二番目に大きい八丈島です。
車なら一周して2時間程度。

伊豆大島は水中翼船で東京から日帰りできる距離にあるのに対して、八丈島はずっと南にあり、長崎県や高知県あたりと同じ緯度にあります。
気候も明らかに南国風です。

伊豆大島との違いはそれだけではなく、八丈島まで行くのは流れが速い黒潮を越えなければならないことが大きい。
そのため、船で行くことは時間がかかる上に難しかったという歴史があり、流人が多く送られたのもそのためでもあります。

ところが、現在では伊豆諸島の中で唯一ジェット機が羽田から1日3便就航していて所要時間55分。
交通の便が良い観光地となりました。

羽田を午後出発だったため、ゆっくりと出発するはずが、何と中央線が運転見合わせ。
井の頭線で迂回し、浜松町で1分でモノレールに乗り換えて、なんとか飛行機に乗りました。

飛行機は八丈島上空を一旦通過して、大回りして高度を下げて着陸。
レンタカーで出発。
道は良く整備されていて、名物のフェニックス・ロベレニーが並び、青空。
このときまでは。
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昼食をとり、八丈支庁におかれた歴史民俗資料館の展示を見てから大里へ。
玉石垣は海で洗われた丸石を積み上げたもので、これで地震でも崩れたりしないそうです。
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溶岩が海に流れ込んだ南原千畳岩海岸には、八丈島への公式島流し1号の宇喜多秀家の像があり、城主だった岡山の方角を向いているそうです。
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海の向いに見えるのは八丈小島です。
急な岩山で人が住めるようには見えませんが、実は1969年に八丈島本当に集団移住するまでは有人島でした。
ちなみに、Wikipediaにこの島の風土病八丈小島のマレー糸状虫症の記事があり、すさまじい力作、必読です。

1日目は宿で夕食後、樫立向里温泉ふれあいの湯に行ってから寝ました。
なんか、雨が降ってきているんですけど。

翌日は朝から怪しい空模様で、八丈服部屋敷で樫立踊りと島太鼓を見ているうちに、本降りに。
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続いて黄八丈の見学。
この黄八丈は草や泥で染める絹織物です。
八丈島の名物で、八丈島で作られるから黄八丈ではなく、黄八丈を作っている島だから八丈島だそうです。
昔ながらの生産方法のせいか、結構良い値段がします。

えこあぐりまーとで地元の餅つきをちらっと見て、八丈島地熱館。
ここは東京電力の地熱発電所に併設されていますが、この地熱発電所はつい最近の3/29に廃止されてしまい、解体を待っている状態だそうです。

八丈島地熱館は八丈島の地学的な説明が詳しく、勉強になりました。
八丈島は東の三原山(大島の山と同じ名前)と、西の八丈富士からなるひょうたん島のような形をしていて、真ん中の平地に人口が集中しています。空港もそこにあります。
この2つの山は時代が随分と異なり、八丈富士は1万年ほどの歴史しかないため、まさに富士山のような整った形をしていて、せいぜい低木しか生えていません。海岸も比較的なだらか。
一方、三原山は10万年以上の歴史があるため、土壌も変化して川が流れるようになっており、地形も浸食が進んでいます。うっそうとした森に覆われています。海岸は断崖絶壁。

裏見ヶ滝は三原山の山麓にあります。
緑に覆われた渓谷のようになっているのですけど、八丈島は火山島なので基本的に淡水魚はいないそうです。
考えてみればそうですが、面白いですね。逆に淡水に魚がいるというのはかなり不思議なことです。
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三原山川から平地に降りる登龍峠からは真ん中の平地と八丈富士がよく見えます。
その奥に見えるのは八丈小島。
本当は八丈富士に登りたかったけども、天気が悪いので断念。
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結局また夕方に温泉に行く羽目に。この日は中之郷温泉やすらぎの湯。

ちなみに、八丈島滞在中、天気予報はまったく当てになりませんでした。
もともと東京の倍ほどの降水量があるのですが、天気予報にかかわらず雨が降るし、レーダーの画像も当てになりません。
地元の人は、八丈富士に雲がかかると雨が降る、とかそんな感じで暮らしている模様。

夜中は風雨ともに強く、まるで台風通過のようでした。
ただの低気圧なのに。

最終日は午前のみ。
朝から雨が降っているので、朝から末吉温泉見晴らしの湯へ。
風呂場にいたおじいちゃんによると、天気が良いと青ヶ島が見えるそうです。
天気が良ければ。

結局三原山は登れそうにないので、カフェでコーヒーなど飲んだりして時間を過ごしました。
ところで、八丈島の名物と言えばアシタバ。大島でも見る食べ物ですが、八丈島では本当にそこら中に普通に生えています。
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車で今度は大阪トンネルからはまた三原山と八丈小島。
何だか帰るときになって天気が良くなってきているように見えるのは気のせいでしょうか。
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悔しいので、八丈富士の中腹を一周する鉢巻道路を一周してからレンタカーを返して空港に。
最後にまた島寿司を食べました。
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これは醤油漬けにした魚を使い、シャリとの間にはわさびではなくからしが入っています。
わさびが入手できなかったため、このような料理が生まれたようです。

お昼の便で出発。
快晴になっている気がするのですが、気のせいでしょうか。
飛行機から見える八丈富士、登ってみたかったなあ。
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仏教抹殺 [読書(教養書・実用書)]


仏教抹殺 なぜ明治維新は寺院を破壊したのか (文春新書)

仏教抹殺 なぜ明治維新は寺院を破壊したのか (文春新書)

  • 作者: 鵜飼 秀徳
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2018/12/20
  • メディア: 新書



松本に旅行したとき、松本城に隣接している松本市立博物館で展示を見ていて、松本は廃仏毀釈が激しかったところなので、寺が少ない、といった説明を読んだことが印象に残っていました。
廃仏毀釈は言葉としては日本史で勉強した覚えがあったものの、どんなものかは知らなかったので、本当にあったんだ、と。

その後、ある日新聞の書評を読んでいて、強い興味を持ったのがこの本です。

この本が言いたいことは「はじめに」に言い尽くされています。
明治維新後の廃仏毀釈の大波の中で、寺や仏像が破壊され、寺は半減。
鹿児島県などは一時寺もゼロ、僧侶もゼロになってしまった。
廃仏毀釈がなければ日本の国宝は現在の3倍もあったという話もあるそうです。

こうした話を聞くと、誰もが思い出すのがタリバンによるバーミヤンの磨崖仏の破壊で、もちろん、このことにも触れられています。

シルクロードを旅してみると、イスラム教徒や文化大革命で破壊された文化財をよく眼にして、なんと愚かなことを、と思いますが、日本でも同じことがあったのです。

第一章以降は、比叡山、水戸、薩摩、九州、宮崎、松本、苗木、隠岐、佐渡、伊勢、東京、奈良、京都と各地の廃仏毀釈の実態が紹介されていきます。
全国一律に起きたのではなく、濃淡があったのですよね。
ある藩だったところは徹底的に寺が破壊されているのに、そのすぐ隣は天領だったところで無傷とか。
著者は新聞社を経て独立して僧侶資格を持つ、という異色の経歴を持っていて、取材にもその経験が活かされているように感じます

冒頭の松本の場合は、かなり立派な寺があったのに、復活できませんでした。
それどころか、見てきた開智小学校の建物にも、破壊した寺の材木が使われていたのだそうです。
知らなかったなあ。

意外なことに、著者は「結びにかえて」で全体をふりかえる中で、廃仏毀釈にもプラスの側面があったのではないか、廃仏毀釈があったからこそ、仏教が消滅せずに現代まで生き残ったのではないか、と書いています。

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へそまがり日本美術 禅画からヘタウマまで [芸術]

せっかくの4月、どこかに出かけようと思ったところ、いきなり寝坊したので、大人しく近所の府中市美術館に行ってきました。

へそまがり日本美術 禅画からヘタウマまで

その名の通り、ヘタウマだったりやや気味が悪い、変わった絵画を集めた展覧会で、先日見た奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールドと呼応しているかのようです。

実際、長沢蘆雪や若冲や白隠の絵はこちらでも展示されていて、例の?蘆雪の「なめくじ図」も後期に出て来るそうです。

いろいろな人が書いた寒山拾得図をはじめとする不気味な絵や、文人画・南画に属する素人っぽい絵、面白いところではお殿様が描いた下手くそ?な絵や、なぜかアンリ・ルソーや蛭子能収の絵も展示されています。

時代がかなり幅があり、知らない画家が多いものの、全体として全体がよく考えられ、説明も丁寧でとても良い展覧会です。
ある絵について、例えば応挙が描いた類似の題材を比較のために展示されていたりします。


そして、それなりに混んでいたことが良いことだなあ、と思いました。
有名美術館ではない市立の美術館でここまで出来るのですね。
(武蔵野市も頑張って欲しい・・・。)

いくつか面白かった点として、
・仙厓義梵(せんがいぎぼん)の絵は今風の漫画かイラストのようで面白い。
・若冲の「鯉図」、いろいろな絵の中でもはっとするほどやはり存在感があった。
・家綱や家光の将軍様の絵、個性的と言うより誰も「下手くそ」と言えなかったのでは。いろいろな人にあげていたらしいが、受け取った人も困ったのでは。
・伝呂建の「百鳥図」というものが、若冲の鳳凰図などにそっくりな構図、そして目。若冲がオリジナルなだけではなく、明の絵をよく学んでいたのだと思いました。
・企画展ではなく、常設展をさっと見ましたが、牧野虎雄という洋画家は良い感じでした。




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河鍋暁斎 その手に描けぬものなし [芸術]

サントリー美術館の「河鍋暁斎 その手に描けぬものなし」をさっと見てきました。

河鍋暁斎は教科書で知ったと言うより、地獄太夫の絵を見てぎょっとしたのが初めてでした。
今回のテーマは、河鍋暁斎は面白い絵を描いただけではなく、狩野派をはじめとした古典を学び続け、技術を磨いた人物だ、ということでした。

サントリー美術館は落ち着いて見られるので好きですが、今回はちょっと混んでいて、体調があまりよろしくないこともあって、少し疲れました。

そのこともあって、確かにすごいし、面白いのですが、画面いっぱいに描かれた絵、この時代らしい赤の多さで疲れました。

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光悦と光琳-琳派の美 [芸術]

週末に、畠山記念館の「光悦と光琳-琳派の美」をさっと見てきました。
http://www.ebara.co.jp/csr/hatakeyama/exhi2018winter.html

畠山記念館は初めて。
普通の住宅街の細い路地を通って行くとあります。
庭園があるお屋敷のような美術館で、靴を脱いで入ります。

展示は2階のワンフロアのみ、靴を脱いで上がり、座ってみる展示もあります。

俵屋宗達の下絵に、本阿弥光悦の書の組み合わせ、鶴下絵三十六歌仙和歌巻と同じで素晴らしいですね。
その他、乾山の器もたくさんありましたが、これはまだよく理解できません。

会期末ぎりぎり、そしてこの畠山記念館はこれを持って長期休館に入るのだそうです。


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伊豆大島 [旅・出張]

毎年、年度末は仕事が繁忙期なので、さすがに控えていた2月の連休の旅行、今年は決行してしまいました。
もう随分前に沖縄に行った以来でしょうか。

行ったのは伊豆大島。
最近はまっている島の旅の中で、東京都の島は手軽でもあり、注目エリアです。

実は大島は中学生のときにキャンプに行ったことがあり、高校生だったときにも都立高校のセミナーハウスに1年生全員で行ったことがあります。

なので、東京の島の中でどこに行こうかと考えたとき、既に行ったことがある大島は避けようとも思いましたが観光したかというと観光していないし、最後に行った2年後に三原山が噴火して全島避難になった経緯もあり、改めて行ってみようと思いました。

出発したのは土曜日、東京は雪の予報。
ただ、起きる前に降ったのか一部の屋根に雪が残るくらいでした。

浜松町から竹芝桟橋まで歩き、ネット予約したチケットを受け取り、出船票に記入。
コーヒーとおにぎりを買って乗り込み、定刻の13:10を少し過ぎたあたりでジェット船で出船。
大島に近づくと海洋生物が多いということで一時減速。

15:00ごろに到着した岡田港(おかたこう)は雪ならぬ雨。
あんこ娘が1人いて出迎えてくれます。

東京からの船が着く大島の港は元町港と岡田港の2箇所あり、どちらに着くかは当日の朝に決まります。
島内では朝、防災無線か何かで放送され、それでバスのダイヤも変わります。
冬は岡田港が多いようです。

島の中心は明らかに元町で、岡田港の周囲はほとんど施設らしきものがなく、すぐに急な登り道で大島一周道路医接続していますが、真新しい待合ビルがありました。
真新しいと思ったのは正解で、後で知ったところ、2日前にオープンしたばかりでした。
待合所としての役割だけではなく、津波時の避難場所としての機能を持っています。
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港からまずはバスで郷土資料館まで。
大島には縄文時代から人が住んでいたようですね。
ただ、火山島で水はけが良く、川らしい川がないため、稲作は難しかったようです。
また、水汲みは重要な仕事で、女性が頭の上にのせて運んでいました。
服装も面白いですね。
かつては葬式の際に(結婚式よりも)目一杯のおしゃれをしたそうです。

バス停で、電線をリスがわたっていました。
これはタイワンリス、もともと島にいなかった動物で、問題になっているようです。

宿泊は元町、いつもの旅行のように寿司などを限界まで食べました。
元町のメインストリート?も夜はひっそりとしています。
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この時期、大島は椿祭りシーズンで、元町港の待合ビルでは「夜祭り」というイベントを週末の毎晩やっています。
伝統的なあんこ娘の踊りはまあまあ、スーパーあんこ娘という今風の集団ダンスパフォーマンスは・・・手作り感が有りました・・・。
夜祭り前の会場はこんな感じです。
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翌日の日曜日は大島一周。1日だけ借りられたレンタカーで出発。
離島の旅、レンタカーの予約は競争率が高くて大変です。

大島には大島一周道路という名前のそのままの道があり、一周することが出来ます。
今回は反時計回り、カメリアマラソンで一部通行止めの中、火山博物館へ。
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さっと見ようと思ったら、結構展示は充実していて、40分の映画まで見て、見たりして時間を使いました。
火山の基本的な説明、世界の火山の説明があります。
当然、1986年の噴火については丁寧に説明されています。
噴火の前から全磁力が低下していたそうです。
全磁力というのは地磁気で、地中の鉄による磁性のようですが、温度が高くなると磁性を失うため、マグマの上昇を示しているそうです。

さらに島を反時計回りに進むと、途中に地層の断面が見える場所があります。
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さらに進んで波浮港まで行きました。
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この港は、もともと838年の噴火の火口に池が出来、その後の1703年の津波で海とつながり、土木工事で入口を拡張したものだそうです。火山ってすごいですね。
川端康成の伊豆の踊子に出て来る踊り子薫のモデルはここで働いていたという踊り子の里資料館(旧港屋旅館)を見て、坂を登って無人の旧甚の丸邸を見ました。

昼食に寿司を食べてさらに反時計回り。
筆島は、かつての火山の火山道のマグマだけ、固いので浸食されずに残ったものだそうです。
小さな印象ですが、現在の大島を形成した主要な火山の一つでした。
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そして、日もやや落ちてきましたが、いよいよ三原山。
外輪山の中のカルデラに降りると内輪山が見え、何筋も溶岩が流れ出した黒い筋が見えます。1986年の噴火のものです。
この溶岩は外輪山を越えなかったものの、外輪山の外で割れ目噴火が起こった結果、元町に危険が迫ったようです。

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内輪山までは30分ちょっと、ところどころに避難所があります。
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そして内輪山をぐるっと回るお鉢めぐり。ところどころ水蒸気が出ています。
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昔は自殺の名所だったそうで、読売新聞社が火口にゴンドラで降りてみるということもあったそうです。
1986年の前の1950-1951年の噴火の前の1933年のことです。

ここで2日目はおしまい。

最後の日は、足がないので朝からバスで大島公園に行って、椿園を見ました。
冷たい雨が降り、休憩するようなレストランもないので、なかなか難儀しました。
椿というのも地味ですが、きれいですね。
ただ、咲いた後、ボタッと下に落ちるので、なかなか無残です。
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再びバスで岡田港まで戻り、新しい待合所の2Fで乗りラーメンとコーヒー。
向いの古い待合所で、あら鍋が無料で振る舞われていました。
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帰りの船はジェット船が満席だったので大型客船。
出発もあんこ娘が見送ってくれます。
船の出航というのは旅情があります。
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遅いと行っても結構なスピードのように感じます。
さすがに退屈ではありますが、5時間ほどで東京へ帰ってきました。
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