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美を紡ぐ 日本美術の名品 ―雪舟、永徳から光琳、北斎まで― [芸術]

5月なのに暑くてやってられないので、涼しい博物館に行ってきました。

美を紡ぐ 日本美術の名品 ―雪舟、永徳から光琳、北斎まで―

狩野永徳「檜図屛風 」など国宝も出ていて、そのほか、継色紙「よしのかは」伊勢集断簡(石山切)「秋月ひとへに」、長沢芦雪「花鳥遊魚図巻」も良い感じでした。
料紙って好きなんですよね。

特定の絵師、時代というのではなく幅広く取り上げられていました。

その他の常設展もさっと見てきましたが、さすがは東京国立博物館、解説はとても丁寧、英語、中国語、韓国語も併記されていて、感心しました。


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伊藤若冲展 [芸術]

ゴールデンウィークを前にした最後の休日、福島県立美術館の伊藤若冲展に行ってきました。
https://jakuchu.org/

本当は一泊ぐらいしたかったのですが、ゴールデンウィークのための荷造りに時間を要し、結局弾丸で日帰りです。

寝坊したのであたふたと市議選に投票してから東北新幹線で福島へ。
つばさもデザインが変わっていますね。普通に窓際にコンセントがあるし、無料Wi-Fiです。
こんな時間帯は人が少ないかと思って自由席にしたら、復路は座れない人がいるくらい混んでいました。

福島駅からは福島交通飯坂線で美術館図書館前まで。
「若冲展ですか?」と駅員さんに声をかけられ、往復の電車代と入場券のセット割引を教えてもらいました。
結構電車も混んでいて、美術館も結構混んでいました。

「象と鯨図屏風」(2月も見ましたね)のように有名な作品もありましたが、水墨画を中心にかなり幅広い作品が展示されており、動植綵絵とは随分とイメージが違います。

動植綵絵のようにとにかく隙間無く書き込んでいる絵だけではなく、普通の日本画らしく?かなり余白を使ったものもあれば、動植綵絵のように細々書き込むのではなく、かなり乱暴というか、雑に書かれた印象がある作品もありました。

特にえっl?と思ったのが「付喪神」で、近くにいた人もこれって違う人の作品でしょ?と言っていたくらい。
https://www.youtube.com/watch?v=jvTpt3TLzmQ

夕方には宅配便を家で受け取らなければならないので、福島滞在時間2時間。
また、新幹線での旅行もしてみたいですね。

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八丈島旅行 [旅・出張]

最近は島の旅にはまっていて、世界の島、日本の島、東京の島という3つのシリーズが並行実施中。
今回は東京の島。

東京には伊豆諸島と小笠原諸島があり、今回は伊豆諸島です。
先日行った最大の島伊豆大島に続いて、二番目に大きい八丈島です。
車なら一周して2時間程度。

伊豆大島は水中翼船で東京から日帰りできる距離にあるのに対して、八丈島はずっと南にあり、長崎県や高知県あたりと同じ緯度にあります。
気候も明らかに南国風です。

伊豆大島との違いはそれだけではなく、八丈島まで行くのは流れが速い黒潮を越えなければならないことが大きい。
そのため、船で行くことは時間がかかる上に難しかったという歴史があり、流人が多く送られたのもそのためでもあります。

ところが、現在では伊豆諸島の中で唯一ジェット機が羽田から1日3便就航していて所要時間55分。
交通の便が良い観光地となりました。

羽田を午後出発だったため、ゆっくりと出発するはずが、何と中央線が運転見合わせ。
井の頭線で迂回し、浜松町で1分でモノレールに乗り換えて、なんとか飛行機に乗りました。

飛行機は八丈島上空を一旦通過して、大回りして高度を下げて着陸。
レンタカーで出発。
道は良く整備されていて、名物のフェニックス・ロベレニーが並び、青空。
このときまでは。
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昼食をとり、八丈支庁におかれた歴史民俗資料館の展示を見てから大里へ。
玉石垣は海で洗われた丸石を積み上げたもので、これで地震でも崩れたりしないそうです。
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溶岩が海に流れ込んだ南原千畳岩海岸には、八丈島への公式島流し1号の宇喜多秀家の像があり、城主だった岡山の方角を向いているそうです。
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海の向いに見えるのは八丈小島です。
急な岩山で人が住めるようには見えませんが、実は1969年に八丈島本当に集団移住するまでは有人島でした。
ちなみに、Wikipediaにこの島の風土病八丈小島のマレー糸状虫症の記事があり、すさまじい力作、必読です。

1日目は宿で夕食後、樫立向里温泉ふれあいの湯に行ってから寝ました。
なんか、雨が降ってきているんですけど。

翌日は朝から怪しい空模様で、八丈服部屋敷で樫立踊りと島太鼓を見ているうちに、本降りに。
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続いて黄八丈の見学。
この黄八丈は草や泥で染める絹織物です。
八丈島の名物で、八丈島で作られるから黄八丈ではなく、黄八丈を作っている島だから八丈島だそうです。
昔ながらの生産方法のせいか、結構良い値段がします。

えこあぐりまーとで地元の餅つきをちらっと見て、八丈島地熱館。
ここは東京電力の地熱発電所に併設されていますが、この地熱発電所はつい最近の3/29に廃止されてしまい、解体を待っている状態だそうです。

八丈島地熱館は八丈島の地学的な説明が詳しく、勉強になりました。
八丈島は東の三原山(大島の山と同じ名前)と、西の八丈富士からなるひょうたん島のような形をしていて、真ん中の平地に人口が集中しています。空港もそこにあります。
この2つの山は時代が随分と異なり、八丈富士は1万年ほどの歴史しかないため、まさに富士山のような整った形をしていて、せいぜい低木しか生えていません。海岸も比較的なだらか。
一方、三原山は10万年以上の歴史があるため、土壌も変化して川が流れるようになっており、地形も浸食が進んでいます。うっそうとした森に覆われています。海岸は断崖絶壁。

裏見ヶ滝は三原山の山麓にあります。
緑に覆われた渓谷のようになっているのですけど、八丈島は火山島なので基本的に淡水魚はいないそうです。
考えてみればそうですが、面白いですね。逆に淡水に魚がいるというのはかなり不思議なことです。
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三原山川から平地に降りる登龍峠からは真ん中の平地と八丈富士がよく見えます。
その奥に見えるのは八丈小島。
本当は八丈富士に登りたかったけども、天気が悪いので断念。
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結局また夕方に温泉に行く羽目に。この日は中之郷温泉やすらぎの湯。

ちなみに、八丈島滞在中、天気予報はまったく当てになりませんでした。
もともと東京の倍ほどの降水量があるのですが、天気予報にかかわらず雨が降るし、レーダーの画像も当てになりません。
地元の人は、八丈富士に雲がかかると雨が降る、とかそんな感じで暮らしている模様。

夜中は風雨ともに強く、まるで台風通過のようでした。
ただの低気圧なのに。

最終日は午前のみ。
朝から雨が降っているので、朝から末吉温泉見晴らしの湯へ。
風呂場にいたおじいちゃんによると、天気が良いと青ヶ島が見えるそうです。
天気が良ければ。

結局三原山は登れそうにないので、カフェでコーヒーなど飲んだりして時間を過ごしました。
ところで、八丈島の名物と言えばアシタバ。大島でも見る食べ物ですが、八丈島では本当にそこら中に普通に生えています。
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車で今度は大阪トンネルからはまた三原山と八丈小島。
何だか帰るときになって天気が良くなってきているように見えるのは気のせいでしょうか。
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悔しいので、八丈富士の中腹を一周する鉢巻道路を一周してからレンタカーを返して空港に。
最後にまた島寿司を食べました。
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これは醤油漬けにした魚を使い、シャリとの間にはわさびではなくからしが入っています。
わさびが入手できなかったため、このような料理が生まれたようです。

お昼の便で出発。
快晴になっている気がするのですが、気のせいでしょうか。
飛行機から見える八丈富士、登ってみたかったなあ。
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仏教抹殺 [読書(教養書・実用書)]


仏教抹殺 なぜ明治維新は寺院を破壊したのか (文春新書)

仏教抹殺 なぜ明治維新は寺院を破壊したのか (文春新書)

  • 作者: 鵜飼 秀徳
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2018/12/20
  • メディア: 新書



松本に旅行したとき、松本城に隣接している松本市立博物館で展示を見ていて、松本は廃仏毀釈が激しかったところなので、寺が少ない、といった説明を読んだことが印象に残っていました。
廃仏毀釈は言葉としては日本史で勉強した覚えがあったものの、どんなものかは知らなかったので、本当にあったんだ、と。

その後、ある日新聞の書評を読んでいて、強い興味を持ったのがこの本です。

この本が言いたいことは「はじめに」に言い尽くされています。
明治維新後の廃仏毀釈の大波の中で、寺や仏像が破壊され、寺は半減。
鹿児島県などは一時寺もゼロ、僧侶もゼロになってしまった。
廃仏毀釈がなければ日本の国宝は現在の3倍もあったという話もあるそうです。

こうした話を聞くと、誰もが思い出すのがタリバンによるバーミヤンの磨崖仏の破壊で、もちろん、このことにも触れられています。

シルクロードを旅してみると、イスラム教徒や文化大革命で破壊された文化財をよく眼にして、なんと愚かなことを、と思いますが、日本でも同じことがあったのです。

第一章以降は、比叡山、水戸、薩摩、九州、宮崎、松本、苗木、隠岐、佐渡、伊勢、東京、奈良、京都と各地の廃仏毀釈の実態が紹介されていきます。
全国一律に起きたのではなく、濃淡があったのですよね。
ある藩だったところは徹底的に寺が破壊されているのに、そのすぐ隣は天領だったところで無傷とか。
著者は新聞社を経て独立して僧侶資格を持つ、という異色の経歴を持っていて、取材にもその経験が活かされているように感じます

冒頭の松本の場合は、かなり立派な寺があったのに、復活できませんでした。
それどころか、見てきた開智小学校の建物にも、破壊した寺の材木が使われていたのだそうです。
知らなかったなあ。

意外なことに、著者は「結びにかえて」で全体をふりかえる中で、廃仏毀釈にもプラスの側面があったのではないか、廃仏毀釈があったからこそ、仏教が消滅せずに現代まで生き残ったのではないか、と書いています。

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へそまがり日本美術 禅画からヘタウマまで [芸術]

せっかくの4月、どこかに出かけようと思ったところ、いきなり寝坊したので、大人しく近所の府中市美術館に行ってきました。

へそまがり日本美術 禅画からヘタウマまで

その名の通り、ヘタウマだったりやや気味が悪い、変わった絵画を集めた展覧会で、先日見た奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールドと呼応しているかのようです。

実際、長沢蘆雪や若冲や白隠の絵はこちらでも展示されていて、例の?蘆雪の「なめくじ図」も後期に出て来るそうです。

いろいろな人が書いた寒山拾得図をはじめとする不気味な絵や、文人画・南画に属する素人っぽい絵、面白いところではお殿様が描いた下手くそ?な絵や、なぜかアンリ・ルソーや蛭子能収の絵も展示されています。

時代がかなり幅があり、知らない画家が多いものの、全体として全体がよく考えられ、説明も丁寧でとても良い展覧会です。
ある絵について、例えば応挙が描いた類似の題材を比較のために展示されていたりします。


そして、それなりに混んでいたことが良いことだなあ、と思いました。
有名美術館ではない市立の美術館でここまで出来るのですね。
(武蔵野市も頑張って欲しい・・・。)

いくつか面白かった点として、
・仙厓義梵(せんがいぎぼん)の絵は今風の漫画かイラストのようで面白い。
・若冲の「鯉図」、いろいろな絵の中でもはっとするほどやはり存在感があった。
・家綱や家光の将軍様の絵、個性的と言うより誰も「下手くそ」と言えなかったのでは。いろいろな人にあげていたらしいが、受け取った人も困ったのでは。
・伝呂建の「百鳥図」というものが、若冲の鳳凰図などにそっくりな構図、そして目。若冲がオリジナルなだけではなく、明の絵をよく学んでいたのだと思いました。
・企画展ではなく、常設展をさっと見ましたが、牧野虎雄という洋画家は良い感じでした。




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河鍋暁斎 その手に描けぬものなし [芸術]

サントリー美術館の「河鍋暁斎 その手に描けぬものなし」をさっと見てきました。

河鍋暁斎は教科書で知ったと言うより、地獄太夫の絵を見てぎょっとしたのが初めてでした。
今回のテーマは、河鍋暁斎は面白い絵を描いただけではなく、狩野派をはじめとした古典を学び続け、技術を磨いた人物だ、ということでした。

サントリー美術館は落ち着いて見られるので好きですが、今回はちょっと混んでいて、体調があまりよろしくないこともあって、少し疲れました。

そのこともあって、確かにすごいし、面白いのですが、画面いっぱいに描かれた絵、この時代らしい赤の多さで疲れました。

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光悦と光琳-琳派の美 [芸術]

週末に、畠山記念館の「光悦と光琳-琳派の美」をさっと見てきました。
http://www.ebara.co.jp/csr/hatakeyama/exhi2018winter.html

畠山記念館は初めて。
普通の住宅街の細い路地を通って行くとあります。
庭園があるお屋敷のような美術館で、靴を脱いで入ります。

展示は2階のワンフロアのみ、靴を脱いで上がり、座ってみる展示もあります。

俵屋宗達の下絵に、本阿弥光悦の書の組み合わせ、鶴下絵三十六歌仙和歌巻と同じで素晴らしいですね。
その他、乾山の器もたくさんありましたが、これはまだよく理解できません。

会期末ぎりぎり、そしてこの畠山記念館はこれを持って長期休館に入るのだそうです。


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伊豆大島 [旅・出張]

毎年、年度末は仕事が繁忙期なので、さすがに控えていた2月の連休の旅行、今年は決行してしまいました。
もう随分前に沖縄に行った以来でしょうか。

行ったのは伊豆大島。
最近はまっている島の旅の中で、東京都の島は手軽でもあり、注目エリアです。

実は大島は中学生のときにキャンプに行ったことがあり、高校生だったときにも都立高校のセミナーハウスに1年生全員で行ったことがあります。

なので、東京の島の中でどこに行こうかと考えたとき、既に行ったことがある大島は避けようとも思いましたが観光したかというと観光していないし、最後に行った2年後に三原山が噴火して全島避難になった経緯もあり、改めて行ってみようと思いました。

出発したのは土曜日、東京は雪の予報。
ただ、起きる前に降ったのか一部の屋根に雪が残るくらいでした。

浜松町から竹芝桟橋まで歩き、ネット予約したチケットを受け取り、出船票に記入。
コーヒーとおにぎりを買って乗り込み、定刻の13:10を少し過ぎたあたりでジェット船で出船。
大島に近づくと海洋生物が多いということで一時減速。

15:00ごろに到着した岡田港(おかたこう)は雪ならぬ雨。
あんこ娘が1人いて出迎えてくれます。

東京からの船が着く大島の港は元町港と岡田港の2箇所あり、どちらに着くかは当日の朝に決まります。
島内では朝、防災無線か何かで放送され、それでバスのダイヤも変わります。
冬は岡田港が多いようです。

島の中心は明らかに元町で、岡田港の周囲はほとんど施設らしきものがなく、すぐに急な登り道で大島一周道路医接続していますが、真新しい待合ビルがありました。
真新しいと思ったのは正解で、後で知ったところ、2日前にオープンしたばかりでした。
待合所としての役割だけではなく、津波時の避難場所としての機能を持っています。
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港からまずはバスで郷土資料館まで。
大島には縄文時代から人が住んでいたようですね。
ただ、火山島で水はけが良く、川らしい川がないため、稲作は難しかったようです。
また、水汲みは重要な仕事で、女性が頭の上にのせて運んでいました。
服装も面白いですね。
かつては葬式の際に(結婚式よりも)目一杯のおしゃれをしたそうです。

バス停で、電線をリスがわたっていました。
これはタイワンリス、もともと島にいなかった動物で、問題になっているようです。

宿泊は元町、いつもの旅行のように寿司などを限界まで食べました。
元町のメインストリート?も夜はひっそりとしています。
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この時期、大島は椿祭りシーズンで、元町港の待合ビルでは「夜祭り」というイベントを週末の毎晩やっています。
伝統的なあんこ娘の踊りはまあまあ、スーパーあんこ娘という今風の集団ダンスパフォーマンスは・・・手作り感が有りました・・・。
夜祭り前の会場はこんな感じです。
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翌日の日曜日は大島一周。1日だけ借りられたレンタカーで出発。
離島の旅、レンタカーの予約は競争率が高くて大変です。

大島には大島一周道路という名前のそのままの道があり、一周することが出来ます。
今回は反時計回り、カメリアマラソンで一部通行止めの中、火山博物館へ。
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さっと見ようと思ったら、結構展示は充実していて、40分の映画まで見て、見たりして時間を使いました。
火山の基本的な説明、世界の火山の説明があります。
当然、1986年の噴火については丁寧に説明されています。
噴火の前から全磁力が低下していたそうです。
全磁力というのは地磁気で、地中の鉄による磁性のようですが、温度が高くなると磁性を失うため、マグマの上昇を示しているそうです。

さらに島を反時計回りに進むと、途中に地層の断面が見える場所があります。
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さらに進んで波浮港まで行きました。
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この港は、もともと838年の噴火の火口に池が出来、その後の1703年の津波で海とつながり、土木工事で入口を拡張したものだそうです。火山ってすごいですね。
川端康成の伊豆の踊子に出て来る踊り子薫のモデルはここで働いていたという踊り子の里資料館(旧港屋旅館)を見て、坂を登って無人の旧甚の丸邸を見ました。

昼食に寿司を食べてさらに反時計回り。
筆島は、かつての火山の火山道のマグマだけ、固いので浸食されずに残ったものだそうです。
小さな印象ですが、現在の大島を形成した主要な火山の一つでした。
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そして、日もやや落ちてきましたが、いよいよ三原山。
外輪山の中のカルデラに降りると内輪山が見え、何筋も溶岩が流れ出した黒い筋が見えます。1986年の噴火のものです。
この溶岩は外輪山を越えなかったものの、外輪山の外で割れ目噴火が起こった結果、元町に危険が迫ったようです。

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内輪山までは30分ちょっと、ところどころに避難所があります。
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そして内輪山をぐるっと回るお鉢めぐり。ところどころ水蒸気が出ています。
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昔は自殺の名所だったそうで、読売新聞社が火口にゴンドラで降りてみるということもあったそうです。
1986年の前の1950-1951年の噴火の前の1933年のことです。

ここで2日目はおしまい。

最後の日は、足がないので朝からバスで大島公園に行って、椿園を見ました。
冷たい雨が降り、休憩するようなレストランもないので、なかなか難儀しました。
椿というのも地味ですが、きれいですね。
ただ、咲いた後、ボタッと下に落ちるので、なかなか無残です。
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再びバスで岡田港まで戻り、新しい待合所の2Fで乗りラーメンとコーヒー。
向いの古い待合所で、あら鍋が無料で振る舞われていました。
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帰りの船はジェット船が満席だったので大型客船。
出発もあんこ娘が見送ってくれます。
船の出航というのは旅情があります。
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遅いと行っても結構なスピードのように感じます。
さすがに退屈ではありますが、5時間ほどで東京へ帰ってきました。
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奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド [芸術]

いろいろな意味で久し振りの休みだったのでゆっくりしようかとも思いましたが、午前中に起きられたので、久し振りにゆっくりとした朝食を摂り、風呂に入って、たまった洗濯をしてから美術展に行って見ました。

奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド

美術史家の辻惟雄「奇想の系譜」という割と知られた本があり(と言って、私は読んでいない)、そこで取り上げられた江戸時代の絵画を中心に紹介するというもの。
つまり、趣旨としてはよく知られていないが面白い絵画ということになります。
しかし、私が日本美術を勉強しはじめたのは2010年代に入ってからなので、むしろ、良く聞く有名な絵師の絵が集合という感があります。


まずは伊藤若冲。

展示室に入っていきなり、どーんと「象と鯨図屏風」から始まります。
この前に東京都美術館に来た際は、若冲の動植綵絵を見るために大変な思いをしたことを思い出しました。
今回はそれなりに人はいたものの、ゆっくり見られるのは良いですね。

続いて「鶏図押絵貼屏風」。
六曲一双の屏風に墨で書かれた鶏の一息に描いた鶏の尾、
これがいかにも若冲らしく、描いている若冲も楽しみながら描いたのではないかと感じさせられます。
同じような絵を見たことがあるものの、この屏風図自体は初めての展示だそうです。

「旭日鳳凰図」は、動植綵絵のような極彩色の画風で、以前の若冲展のときのように混雑していないので、細部もよく見ることができました。

あと、初めて見た「海棠目白図」は、メジロが並んで枝に止まっているのが可愛らしい。



ここまででもう満足してしまいそうですが、次は曾我蕭白。

「雪山童子図」、今描いたばかりのような鮮やかな色合いです。
蕭白といえばグロテスクな絵の印象が強いです。
それはその通りとして、何よりもアイデアが溢れていて、素直に普通に描けない天邪鬼といった感じです。



長澤蘆雪は今回展示された8人の中ではあまりなじみがありませんでしたが、予想以上に面白かった。
巨大な「白象黒牛図屏風」は画面いっぱいに象と牛が白と黒の対比で描かれ、自由すぎます。
象と牛が同じ大きさです。

「なめくじ図」は、なめくじ1匹と這った痕のみ。
なめくじを描くという発想自体突飛だし、くねくねと適当?に描いた這った痕が自由すぎます。

「方広寺大仏殿炎上図」は、黒の墨とと朱で炎上する寺が縦長のレイアウトに描かれています。
そんな題材を描こうという発想がすごいし、落款も黒と朱で描かれています。



そしてちょっと時代が戻って岩佐又兵衛。
「山中常磐物語絵図」には、残酷な場面があります、という注釈がありました。
強盗が、着物を剥ぐんですよね。
今のファストファッションの時代には考えられないことですが、服、布というのはとても労働集約的で、貴重なものだったのだろうということも思いました。

「豊国祭礼屏風」は同じく又兵衛の有名な「洛中洛外図」を思わせます。



狩野派からは京狩野の「狩野山雪」。
「梅花遊禽図襖」は、一見いかにも狩野派という真面目な絵に見せつつ、梅の木に紅葉した蔦が絡まるという季節をまったく無視した絵。

そして、白隠慧鶴となると、有名な達磨図、蛤蜊観音図、もう、漫画のようです。



思ったより、見入ってしまい、このくらいから閉館時間まで、時間が無くなってきました。



琳派からは宗達でも光琳でも抱一でもなく、鈴木其一。
其一はどれも良いものだとわかっているのに、時間が無くて落ち着いて見られなくて残念。
最初に展示されていた小さな「貝図」もグラデーションが印象的でした。

「夏秋渓流図屏風」は、もう絵と言うよりデザインかポスター。
以前も見たことがあると思いますが、オーディオガイドで聞いて、夏の部分には蝉が小さく描かれていることに今回初めて気がつきました。
「四季花鳥図屏風」には、様々な花の中に、小さく朝顔が描かれていて、これもいかにも其一らしい。



最後は浮世絵から歌川国芳。
「相馬の古内裏」、「近江の国の勇婦於兼」といった有名な絵に加えて、「猫の当字 ふぐ」は猫と河豚で「ふぐ」という字を表したデザイン。



一人の描いた絵ばかりだとやや飽きてしまうところがあるし、バラバラに展示されるとそれぞれの絵師の印象は弱くなってしまいます。
その点で、8人とはちょうど良い感じです。

最後は時間が足りなくて、もう一度行っても良いぐらいだと思いました。
これはお薦め。
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関門海峡旅行 [旅・出張]

今年最初の旅行は関門海峡旅行でした。

昼頃出発して、山口宇部空港に到着してバスで下関に着いたときには夕方。
寿司を食べてからちょっと歩いてみると、結構古い洋風建築が残っていますね。
あと、土地が狭いのにやたら道が広いのは、どうやら昔の写真を見ると路面電車が走っていたようです。なるほど。
確か和歌山もそんな感じでした。
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駅の近くにはグリーンモール商店街があり、一応リトルコリアということになってるものの、閑散としています。
ただ、下関港は韓国との定期船があるので、韓国人は多いです。
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街のシンボル的に海峡ゆめタワーがあり、日によって違う色にライトアップされます。
当然展望台があり、当然カップルが多かったです。
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夜は豊前田(ぶぜんだ)に出陣。
小さいけれど、結構賑やかな夜の町があります。


翌日はホテルをチェックアウトして、下関市の中でもちょっと離れた長府まで。
ここは長州藩の支藩があったところで、古い街並みが残っています。
ちなみに、長府とは長門国府を略してこの名前になったそうです。

ここは古い街並みが残されており、寺社や長府毛利邸が見所。
曹洞宗の功山寺の仏殿は1320年の創建で、国宝。
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古江小路も雰囲気があります。
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さて、ここで再び下関の中心、唐戸まで戻って唐戸市場。
市場ですが、まったく観光地となっており、もっと言うと寿司売場になっています。
ここで買って、外で食べるというのがスタイルらしいので、郷に入れば郷に従え。
市場の中の食堂で食事をした直後なのに、ちょっとだけ味見。
奮発して、ノドグロ、ウチワエビ、縁側です。
ウチワエビは、平戸で食べられなかったのをようやく食べられました。
他にもクジラもたくさん出回っています。もちろん河豚も。
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亀山八幡宮、日清講和記念館とみて、赤間神宮。
初詣で賑わっていました。
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あと、大歳神社、厳島神社などを見て下関観光は一区切りとして、壇ノ浦まで。
みもすそ川公園には、関門橋をバックに、義経と平知盛が。
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しかし、関門橋が架かっているこの部分、本当に狭くて、泳いで渡れそうです。
ただ、流れは川のように速いです。
朝方は夥しい釣船がここに出ていました。
そして、船の交通量は多く、橋に引っかかりそうな巨大なタンカーも通過していました。

さて、関門海峡を渡る方法は鉄道2通り、自動車2通り、船、徒歩の6通りあるそうですが、今回はドキュメント72時間でも取り上げられていた徒歩で。
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自転車は20円、徒歩は無料。
エレベーターで降りて関門トンネルを歩きます。
自動車道の下を通ることになっているようです。
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お約束のように途中で山口県と福岡県の境界。
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760mとのことで、たいした時間もなく北九州の門司に上陸。
しかし、外に出ると日が落ちていました。
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夜の門司、ライトアップされて、カップルが多いです。
この類いの昔の建物は好きですが、ちょっと整備されすぎているんですよね。
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夜は小倉の街へ。
成人式の日だったので、スーツ姿の若者、花魁風の髪型の女性もいました。
さすがに服は着替えていたようです。
もっと早く渡れば見られたかな。


さて、最後の日は北九州市。
なかなか定番の見所がなく悩んで、まずは北九州市立自然史・歴史博物館 いのちのたび博物館。
スペースワールド駅で降りると、スペースワールドの解体工事をしていました。
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いのちのたび博物館は噂に違わず充実していました。
下関市民も割引になるようです。
下関市と北九州市って、行き来がスムーズでほぼ都市圏としては一体化している感じです。
街の雰囲気は違いますが。

いのちのたび博物館の展示を見てひらめいて、そのまま若松区へ。
JRの戸畑駅で降り、バスで若戸大橋を渡って若松に到着。
若戸大橋は結構高く、眺めが良いです。
昔は徒歩で渡れたらしいのですが、今は一般道と高速道のみ。
若松区はかつて石炭の積み出し港として栄えました。
洞海湾という深く切れ込んだ川のような湾に面した(上海のバンドならぬ)若松バンドでは、海沿いに洋館が並びます。
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この旧古河鉱業若松ビルは現在市の建物として会議室などに使われているようです。
中に入れてもらうことが出来ます。

帰りは若戸大橋ではなく、その下を市営の渡船で。あっという間に着きます。
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そのまま戸畑から小倉に戻り、小倉城をさっと遠くから眺め、今度は北九州空港経由で帰りました。
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関門海峡周りの狭いエリア、移動も少ないので余裕がある旅のつもりでしたが、どうしてどうして、結構ばたばたでした。
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