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海からみた産業と日本 [放送大学]

地味な科目名称ですが、たまたまラジオで聞いていて面白かったので履修した科目。

海運業、港湾、国際物流、海事管理から多面的に日本を見る総合科目です。

国内を旅行していても海や港町は好きですが、物流となるとあまり縁がなく、新鮮でした。
独特の用語が多くて苦戦しますが。

現代の日本はエネルギーも食料も輸入なしには得られず、国自体が輸出入に依存しています。
そして、輸出入は重量ベースで、なんと99.7%が海運だそうです。金額ベースでも76.7%。

国内輸送でも、内航は自動車に次ぐ輸送量(トンキロ)となっています。
自動車の貨物輸送量は2010年くらいから落ちているので、ほぼ同じくらいの水準。

第2次世界大戦で打撃を受けた日本の海運業、復活して、船腹量ではギリシャに次いで第2位になっています。
というか、ギリシャが1位というのも知りませんでした。

日本の近代港湾についてみると、明治維新後、内湾での港湾整備は進みましたが、外洋に面した港湾建設は苦戦。
仙台と石巻の間の野蒜港開発も1878年に開始しましたが、1884年の台風直撃で防波堤が被害を受けて断念。
港湾建設も簡単ではないことがわかります。

外洋からの波浪に対抗する防波堤に成功したのが小樽港。
廣井勇(ひろいいさむ)博士がコンクリートの開発から執念を持って取り組み、日本発のコンクリート造りの防波堤は今でも小樽港を守っているそうです。

港湾でのコンテナのオペレーションも知らない世界で面白いです。
上海とか海外旅行していて巨大な港湾を見ることがありますが、実際に中を見てみたいものです。
でも、これはなかなか入れない世界ですよね。見学とかないんでしょうか。

東アジアの政治社会と国際関係 [放送大学]

放送大学、前の学期は科目履修登録を忘れて試験がなかったので、一年ぶりの科目認定試験です。

今回最初の科目は東アジアの近現代史とも言うもので、太平洋戦争終了からの、中国、台湾、香港・マカオ、朝鮮半島の歴史を俯瞰し、現在の状況を考えるというものです。

かつては理系だったこともあり、高校での日本の近現代の勉強も怪しく、未だに苦手意識があるので、こうした俯瞰的な勉強は新鮮です。
日本以外の中国や朝鮮半島も、個別の歴史は触れたこともありますが、相互関係を見ることが全体的な理解につながると改めて思います。

例えば、中国の歴史でも、日清戦争の後、大正デモクラシーの時代には多くの中国人留学生(ピーク時には8000人)が日本で学び、清朝後の重要人物を輩出しています。

中国の歴史は、古くから始めると近現代はどうしても薄くなってしまいますが、中華人民共和国の歴史に特化すると、成立期、調整期、文化大革命期、改革・解放前期、改革・解放後期となかなか深いものがあります。
そもそも成立時は、中国共産党の一党独裁ではなく、様々な政治集団の連合政府でした。

その後の共産党中心への転換、文化大革命、改革開放の流れ、鄧小平の浮き沈みも面白いです。
私が生まれた1969年って、まだ日中国交正常化もされていなかったし、そもそも文化大革命の真っ最中だったんですね。
そして、国連の常任理事国も中華人民共和国ではなく、台湾の中華民国でした。ぼんやりと江青女史のニュースを見た覚えがありますし、学校の社会では人民公社を習いました。

子供の頃って、韓国も台湾も独裁国家でしたし、金大中氏の拉致事件のニュースも見た覚えがあります。
かすかに記憶にあるニュースと、物心ついてから学んだ現代史がつながっていくのも興味深かったです。

今も東アジアは安全保障上の問題もあり、安定しているとは言い難いですが、昔の方が良かったかというと、そう簡単でもないのだと思います。

神社・神道の基礎知識 [放送大学]

今学期最後の面接授業に行ってきました。

神社や神道は日本人にとってなじみがあるもので、日本中に神社があり、正月になれば初詣に行きますが、ではそれは何かを問われるとはっきりしないものです。創始者や教典もないし、いつごろ成立したのかも定説がありません。

仏教が伝わってきて広まったにも関わらず、消えてしまわずに並立してきたのも不思議なところです。世界的に見れば、キリスト教、イスラム教、仏教が伝わった地域ではそれ以前の宗教は劣勢になってしまうのもよく見ます。

教典がなく、古事記や日本書紀が神道の文書だとしても(ただし、それだけではない)、そこに宗教的な戒律や、教訓が含まれているかというととてもそうは思えません。

そもそも神というのは何なのか。
八百万の神と言いますが、わかっているようで、日本人であっても説明できません。
天照大神、イザナキやイザナミは神だとして、ホノニニギノミコトも神だとすると、その子孫とされる天皇も神なのか。日本人の多くも古く遡ると天皇家とつながっているという人も多いわけで、そうすると神なのか。明治天皇や乃木将軍は、生きているときから神なのか、死んでから神となったのか。
狐や大木は神なのか。さらには無生物の大岩や山は神なのか。
同じ神を祀った神社がたくさんありますが、同じ神が複数いるのか。
キリスト教には神と悪魔がいるが、神道の神は善いものだけなのか。

実のところ、こうした点は明確になっておらず、江戸時代の国学者である本居宣長も、
「神とは何か未だよくわからないが、古い文書に見える天地の諸々の神達を始め、それを祀る神社にいる御霊、人、鳥獣木草、海山など何でも、世の常ならず優れたことがあって、かしこきものを言う」
という説明をしています。

祭祀も昔から行われてきていますが、それが何を意味しているのかはよくわかりません。神宮(伊勢神宮)の遷宮も、新しい状態を維持する、技術を維持するなどいろいろな意味づけはされますが、なぜその周期でやる必要があるのかはよくわかりません。
お参りするときに二礼二拍一礼も昔からそうしてきたという以上に何を意味しているのかはよくわかりません。

教典はないし、神とは何かもよくわからないですが、穢れとか、祟るとか、常若とか神道的な価値観と呼ばれるものは日本人に広く共有されていているということになります。



古事記や日本書紀が世界の成立から天皇の歴史を記述しているため、当然皇室とのつながりも深く、それだからこそ、日本社会が神道をどう扱うかも時代によって大きく異なってきました。

それこそ古事記や日本書紀の内容が真実の歴史だと考えられた時代もありましたが、現代ではそのようなことはありません。

仏教を広めた聖徳太子や、大仏を立てた聖武天皇の例を思い起こせばすぐに気がつくのですが、天皇家が神道のみになっているのもつい最近の話で、それまでは崩御の際は仏式で葬式が行われていました。

伊勢神宮(正式には神宮)も、江戸時代から伊勢参りが盛んになり、今でも観光地となっていますが、本来は天皇家の祖先を祀った神社なので、天皇家以外が参拝すること自体認められていませんでした。

祭日も、暦が中国から入ってきてから日が決められていますが、それ以前は農業のサイクルにあわせて柔軟に行われていて、厳密なものではなかったそうです。

つまり、今我々が見ている神道も、昔のままではない、ということですね。

西洋の修道院 [放送大学]

この週末は天気も良く、紅葉も真っ盛りのようですが、11月は学生モードで、土曜も日曜日も放送大学の面接授業です。

一つ終わったのは西洋の修道院に関するもので、ベネディクト会、シトー会、カルトゥジア会、聖アントニオ修道会、騎士修道会、フランシスコ会、クララ会、ドミニコ会、カルメル会、イエズス会と主要な修道会をざっと見ていくものです。

西洋の歴史や美術を見る上で、カトリック、プロテスタント、正教といったキリスト教の大区分に加えて、修道会についても理解しておくことは重要で、建築の話などでもしばしば言及されます。

いろいろな修道会が出来て、最初は高い理想を目指していても堕落していってしまうというのは人間社会の業のようなものを感じます。また、観想修道会から托鉢修道会の展開は、宗教の大衆化、社会化という意味で、上座部仏教と大乗仏教の関係や、日本の浄土宗、浄土真宗の展開などを思い起こさせます。

まあ、何よりこうした話をいろいろ聞くと、なぜか本屋に行って買い物をしてしまうのです。
イタリア行きたい。
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ヨーロッパを回った若い頃は、歴史、美術、建築の何の知識もなく、今から考えるともったいないことをしたな、と思います。

平成28年度1学期(15学期目) [放送大学]

今学期の成績が出ました。

履修登録を忘れてしまうと言う失態の結果、追加登録が可能な面接授業を探して受講するしかありませんでした。



[面接授業]
スワヒリ語入門 合
日本外交論 合

入学してから15学期(8年)。

卒業までに必要な単位124単位のうち、
修得済単位114単位、不足単位数10単位。

来年は卒業研究もやって、卒業を目指します。

スワヒリ語 [放送大学]

放送大学の面接授業でスワヒリ語の入門を勉強してきました。

日本では学ぶ機会が少ない言語ですが、タンザニアとウガンダの公用語になっています。

ただし、これはスワヒリ語を母語としている人が多いと言うことではなく、東アフリカでも多くの言葉があるものの、もともとタンザニアのザンジバル地方の方言が標準になったスワヒリ語が、多くの人が共通語として話せる言語になっているようです。

歴史的な経緯があると思いますが、かつてはアラビア文字を使用していて、語彙の35%はアラビア語由来とのこと。

ちなみに、母はmamaですが、babaは父親、naniは誰?、唐辛子はpilipiliと言います。

現在はラテンアルファベットで、発音も、母音は日本語と同様に5つしかないし、基本的にローマ字読みすれば良いので比較的簡単です。

ただし、そうそううまい話はなくて、名詞が10以上ものパターンで活用し、それを修飾する形容詞も一緒に活用します。
動詞も活用するほか、動詞そのものの語幹に主語や時制を示す接辞がくっついて活用します。
結果的に知らない単語があっても辞書を引くのが非常に困難とのことです。

よく知られている
Jambo!
という挨拶も、ケニアでは単純化されているため、それで済むものの、タンザニアの標準スワヒリ語では、主語に応じて、

"Hujambo?"
"Sijambo."

"Hamjambo?"
"Hatujambo."

"Mama hajambo?"
"Hajambo."

といった具合です。

さらに時制も、現在、過去、未来に加えて完了、仮定、習慣、継起、仮想など12通りもあるんですよね。


日本外交史 [放送大学]

今学期はまさかの履修登録漏れで授業を登録できなかったのですが、追加で登録できる面接授業があり、「日本外交史」を勉強してきました。

戦後の日本外交について、アメリカ、中国、韓国、東南アジア、ヨーロッパ、マルチ外交と紹介されました。

いろいろ中身はありますが、「長続きする外交というものは、100%の勝ち負けではなく、(お互いに)51%勝ったと思うもの。」という言葉が印象に残りました。


平成27年度2学期(14学期目) [放送大学]

今学期の成績が出ました。

[放送授業]
世界の名作を読む(’11) A○
英語で描いた日本(’15) A○
大学マネジメント論(’14)A○

[面接授業]
韓国語の初歩:文字と発音編 合
『ロング・グッドバイ』を読む 合

入学してから14学期(7年)。

卒業までに必要な単位124単位のうち、
修得済単位112単位、不足単位数12単位。

かなりゴールに近づいてきたぞ。

ロング・グッドバイ [放送大学]

放送大学で、レイモンド・チャンドラーのロング・グッドバイ(長いお別れ)を読むという面接授業を受けてきました。

10代の頃から読み始めたものの、ここ最近は全く読んでいなかったので、久し振りでしたが、改めてチャンドラーの素晴らしさ、面白さを再認識しました。
大体小説で、何度も読み返すことが出来るものは限られるし、そろそろ古典と言っても良い古さなのに、読んでいて時代を感じさせません。

読んでもよく意味が分からないシーン、共感できないシーンがまだまだありますが、歳を重ね、経験を重ねて読むほどに違った意味が読み取れるのが毎回新鮮です。
読み始めたときは30代、40代の生活、さらには独身生活なんて想像もつかないし、実感も湧きませんでしたが、幸か不幸かばっちり体験中です。

"I'm forty-two years old. I'm spoiled by independence."
なんと、長いお別れでのフィリップ・マーロウの歳を追い越してしまったよ。

最近では村上春樹が精力的に新訳を出していることもあって、面接授業でも「ロング・グッドバイ」を読んだ人は結構いました。
チャンドラリアンというマニアを指す言葉があり、私は長編、中短編はほぼ一通り読んでいますけどそこまでは行っていない気がします。
でも、本は解説書も含めて結構あるかな、と思って本棚をあさってみたら、解説書も含めて実は結構持っている方かも。まだ読んでいないやつもありますけど。

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ちなみに、このブログのタイトルもチャンドラーの短編「赤い風」から採られているのでした。


最近、チャンドラーどころか、そもそも小説を読む時間をとれないですけど、じっくり読みたい。
村上春樹の新訳でも読んでみたいし、是非原文でも通読してみたい。

ということで、Kindleでも英文の長編を全部買ってみました。←独身貴族。

P.S.
Kindle版のCopyrightを見たら、Playback以外は、なんと Helga GreeneでCopyrightが更新されていることを発見。
Penguin Booksのペーパーバックはそんなことないのに。
ちなみに、Playbackだけは、Paul Gitlin and Jonathan S. Gitlinになっている。これは誰?

初めての韓国語 [放送大学]

海外旅行をしていると、地名の表示が読めるか読めないかというのはかなり重要です。
ラテン文字や漢字ならなんとかなりますが、それ以外となるとちょっと大変です。

ということで、初歩的な文字は読めるようにしておこうと思い、今回は放送大学の面接授業で、韓国語の文字と発音を勉強してきました。

韓国語の文字であるハングルは表音文字ですし、新しい文字だけあって合理的に出来ていると言います。
確かにそれは当てはまるような気がしましたが、40個くらいの字母があって、一気に覚えるのは大変でした。

覚えればそれで済むかと思ったら、パッチムという添え字のような使い方があり、それを含めた発音が例外だらけで閉口しました。

まあ、当初目的とした地名が読めるくらいにはなったでしょうか。
韓国にはまだ行ったことがないし、行く予定も今のところないですが。

とりあえず、結構色んな字で自分の名前が書けるようになってきました。

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文字毎に癖がありますが、公平に見ると、日本語の表記が一番難しい気がしますね。
漢字は音がわかっても字を知らないと書けないし、アラビア語は母音が書かれないので読み方を知らないと字を見ても発音できないです。
しかし、日本語は音を聞いても字を知らないと漢字で書けないし、漢字を見ても読み方は知らないと発音できないという両面で難しい。
それでいて識字率が高いというのは不思議な気もします。