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平成29年度1学期(17学期目) [放送大学]

いろいろばたばたしていますが、今学期の成績が出ていました。

[放送授業]
日本の古代中世        B
社会学入門         A○

[面接授業]
道徳性心理学と犯罪性心理学    合
浮世絵の歴史  合


日本の古代中世、落としたかと思ったけどもなんとか。
歴史、下手の横好きですね。


入学してから17学期(8年半)。

卒業までに必要な単位124単位に対して、修得済単位128単位。
ようやくようやく単位数は足りた。
あとは卒業論文を完成させるのみ。
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社会学入門 [放送大学]

今年は卒業論文を書くことになっていて、社会学の観点から書こうとしているので、泥縄ですが、「社会学入門」を履修。

人文社会科学って、分野の領域がよく理解できていないところがあります。
「社会学」は「社会科学」の一領域と言うことになりますが、今回の科目の中身は、家族、ジェンダー、社会階層、都市、少子高齢化、情報化、グローバル化といったもの。
内容は、文化人類学にとても似ている印象です。

未開、他文化を対象とするのが文化人類学、文明、自文化を対象とするのが社会学という印象を受けましたが、ちょっと乱暴でしょうか。
文化人類学も自国の文化を対象にしたりするので境界はますますわからないわけですが。

定量的な分析手法を使うと経済学との境界が曖昧になりますし、社会思想となると哲学とも関わってきます。
そうなると、そうなると人文学と社会学の違いもよくわからないですね。

試験自体は苦手とする有名な研究者の名前だけ、良く反復練習をしたので、かなりうまく行きました。
これにて、学生としてはようやく夏休みです。
(卒業論文をやらなければならないですけど。)
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日本の古代中世 [放送大学]

放送大学ではこれまで「日本の古代」、「日本の中世」という科目を履修していて、それぞれ苦労しました。

でも、面白いんですよね。
昔のことでありつつ、近年の研究によって見方も変わってきています。
子供の頃に学校で習った内容とも違ってきています。

と言うことで、今では一つの科目になってしまった「日本の古代中世」を履修してみました。
まあ、相変わらず難しくて、試験も自信を持って回答できたのは半分くらい。

近年の日本史では、支配者の歴史だけではなく、地方の歴史に注目すること、国際関係の中で理解することが重視されているようです。
今回特に興味を持ったのは中世の地方の支配構造です。

土地には国衙領と荘園に分けられますが、共通して地方の土地を意味する下地と、そこからの取り分を意味する上分があります。

国衙領については、中央の朝廷と国司が上分を管理し、地方の群司と名主が下地を管理します。
荘園については、中央の本家と領家(預所)が上分を管理し、地方の下司と名主を管理します。

しかし、鎌倉幕府は地頭を任命しはじめます。
地頭として起用されたのは群司や下司であり、そうなると朝廷・本家と幕府の二つの支配を受けることになります。

chusei.gif

今風に言うとレポートラインが二重になってしまっています。
これがややこしいので、分割して支配をそれぞれ一元化する下地中分も行われました。

戦国時代となる複数の権力体から税を求められる「二重成し」という言葉もあったようです。
現代の感覚だと、統治というのは排他的に行われるものと考えてしまいますが、中世は多重的なものだったようです。


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道徳性心理学と犯罪心理学 [放送大学]

今年は卒論をメインにしつつも、いくつか面接授業を入れており、これが二つ目。

90年代以降は凶悪犯罪の発生件数は減少傾向にある。
少年犯罪についても、60年代、80年代のほうが多かった。

犯罪は男性が8割と多く、非行少年も女性は2割程度。
男性と女性では犯罪の性質が明らかに異なっている。

DSM-5では、アスペルガー障害という名称は消えた。
様々な誤用、拡大解釈がなされたため。

ピアジェは子供の発達段階によって善悪の判断が変わっていくことを発見。
その後継者は自称するコールバーグは、25歳までに対象を拡大し、前慣習的、慣習的、脱慣習的な道徳性水準に達するとした。
脱慣習的な道徳性水準とは、普遍的な倫理的原則。

コールバーグは1960年代から現在まで道徳性の発達研究の主流であるが、正義を原理とし、文化的に普遍的な倫理を最上位に置く考え方は、白人キリスト教男性を優位に置いているという批判がある。

ギリガンは道徳性の原理は正義だけではなく、思いやりもあると主張。男女で道徳の原理が異なっており、コールバーグの水準によれば、女性の道徳性が低い水準であると言うことになってしまう。

道徳性を発達段階として捉えてテストが行われてきたが、ハーツホンとメイによれば、児童の道徳性知識と実際の嘘に対する行動との双方に、一貫した関係は見いだされず。
知能を測っているだけではないかという疑問が生じる。


道徳性心理学と犯罪心理学という2つがどうして併置されているのかな、と思っていたのですが、どちらも発達というものを扱っているということのように感じました。

普遍的な道徳は存在しないと思いますし、教えて知識として理解させてもその通りに行動する訳ではないとなると、道徳の教育というのは難しそうですね。
また、これだけ男女の違いが否定されがちな現代で、やはり男女(性別かジェンダーかわかりませんが)の違いが厳然としてあるというのも興味深い話でした。



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浮世絵の歴史 [放送大学]

今年度最初の面接授業。

放送授業の「日本美術史」を(苦労して)履修してから、日本美術に強い関心を持つようになりましたが、中でも浮世絵は大衆向けのものだったこともあってわかりやすく、当初から比較的見ています。

今回の授業は、浮世絵の歴史を概観した上で、鈴木春信、鳥居清長、喜多川歌麿、渓齊英泉、葛飾北斎、歌川広重、歌型国芳、月岡芳年、小林清親、豊原国周と主要な絵師を見ていくもの。

見たこともある絵も多くありましたが、いろいろ見て、やはり自分は晴信、北斎、広重、清親が好きなんだな、と思いました。

鈴木春信の雨夜の宮詣は、初めて見ましたが、良いですね。
この頃の浮世絵は化学染料が多く用いられる前の時代で、色も毒々しくなくて品があります。
また、これは、謡曲「蟻通」の見立て絵となっており、提灯を見ると当時江戸で評判の美人、笠森稲荷の水茶屋の看板娘お仙だとわかるそうです。
まだまだ限られた教養人が対象だったこともあり、わかる人にはわかる意味が込められていて、洗練された文化を感じます。

葛飾北斎は改めて時代ごとの作品を見て、作品の幅も含めてすごいと思いました。富嶽三十六景の甲州石班澤は、主題の富士山が一本線でさっと書かれています。
浮世絵の中にはごちゃごちゃしてどぎついものもありますが、こういうシンプルなもの、好きですね。

そして小林清親。
光線画はどれも好きですけども、例えば、東京新大橋雨中図
雨上がりの情景が美しく描かれていますが、登場人物が後ろ姿のところがまた良い。
明治時代になって、化学染料が入ってきたために赤や紫をやたら多用した浮世絵が多く、赤絵と呼ばれているそうですが、この絵は赤がアクセントとして、抑制的、効果的に使われていて上品ですね。

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平成28年度2学期(16学期目) [放送大学]

今学期の成績が出ました。

[放送授業]
『古事記』と『万葉集』         A○
東アジアの政治社会と国際関係  A
海から見た産業と日本        A○



[面接授業]
神社・神道の基礎知識    合
西洋の修道院:美術と歴史 合

入学してから16学期(8年)。

卒業までに必要な単位124単位のうち、
修得済単位122単位、不足単位数2単位。

いよいよゴール間近。
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「古事記」と「万葉集」 [放送大学]

最後の試験科目は「古事記」と「万葉集」。

(前の)大学生のときに暇に任せて古事記の全訳を読んだこともあり、好きなテーマの一つです。
聖書の福音書と並んで面白いと思うのですが、どうでしょうか。

古事記と日本書紀は何が違うのか、というのは学校で習ってもよくわかりませんでしたが、古事記は宮廷史をまとめた内的な文書であり、日本書紀は中国も含めた外部に対する公的な歴史書だったというのがこの教科書での解釈です。

言われてみれば当たり前ですが、日本語を漢字で表記することは容易ではありません。
漢字は中国語の発音、意味と密に対応していて、日本語の表記に活用しようとすると、音をあてるか、意味をあてるかのどちらかしかできません。
日本書紀は対外的な公的文書なので、意味、つまり漢文で書かれていますが、古事記は音と意味が併用されています。
神の名前はもちろん、口承もあるため、漢文だけでは表記できなかったということのようです。

内容自体の解釈は、現代の日本人の感性とも異なるので、いろいろな説を見るだけで、文化人類学的な興味も尽きません。
読む都合上、天皇の系図も見ますが、女性天皇もいるし、大兄制度、兄弟相承、末子相続などが入り交じっていてめちゃくちゃです。
少なくとも、現代の天皇制の男子、長子の相続とは全く異なっていることがわかります。


そして万葉集。
こちらは全く前提知識がないので、少し難しかったです。
古事記と同一の世界観を共有しているということで一つの科目となっていますが、短歌だけではなく長歌や旋頭歌も多いので、読んでいても意味がよくわからないです。

ただ、今での新聞に載っているような短歌と、当時の短歌は異なるということはわかりました。

当時の短歌は寄物陳思歌と呼ばれるものが主体です。
これは、上の句で何らかの事物について述べ、下の句でそれの心情を読むというものです。
例えば、こんな感じです。

 道の辺の壱師の花のいちしろく
 人皆知りぬ我が恋妻を

こうした構造は、何らかの現象が起き、そこから神の意志を読み取るという、古代の占いのような考え方を反映しているようです。

また、歌のやりとりは東南アジアに見られる歌垣との共通性も指摘されていて、歌によって相手を屈服させるというやりとりは、今のラップにも通じていて、面白いですね。
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海からみた産業と日本 [放送大学]

地味な科目名称ですが、たまたまラジオで聞いていて面白かったので履修した科目。

海運業、港湾、国際物流、海事管理から多面的に日本を見る総合科目です。

国内を旅行していても海や港町は好きですが、物流となるとあまり縁がなく、新鮮でした。
独特の用語が多くて苦戦しますが。

現代の日本はエネルギーも食料も輸入なしには得られず、国自体が輸出入に依存しています。
そして、輸出入は重量ベースで、なんと99.7%が海運だそうです。金額ベースでも76.7%。

国内輸送でも、内航は自動車に次ぐ輸送量(トンキロ)となっています。
自動車の貨物輸送量は2010年くらいから落ちているので、ほぼ同じくらいの水準。

第2次世界大戦で打撃を受けた日本の海運業、復活して、船腹量ではギリシャに次いで第2位になっています。
というか、ギリシャが1位というのも知りませんでした。

日本の近代港湾についてみると、明治維新後、内湾での港湾整備は進みましたが、外洋に面した港湾建設は苦戦。
仙台と石巻の間の野蒜港開発も1878年に開始しましたが、1884年の台風直撃で防波堤が被害を受けて断念。
港湾建設も簡単ではないことがわかります。

外洋からの波浪に対抗する防波堤に成功したのが小樽港。
廣井勇(ひろいいさむ)博士がコンクリートの開発から執念を持って取り組み、日本発のコンクリート造りの防波堤は今でも小樽港を守っているそうです。

港湾でのコンテナのオペレーションも知らない世界で面白いです。
上海とか海外旅行していて巨大な港湾を見ることがありますが、実際に中を見てみたいものです。
でも、これはなかなか入れない世界ですよね。見学とかないんでしょうか。

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東アジアの政治社会と国際関係 [放送大学]

放送大学、前の学期は科目履修登録を忘れて試験がなかったので、一年ぶりの科目認定試験です。

今回最初の科目は東アジアの近現代史とも言うもので、太平洋戦争終了からの、中国、台湾、香港・マカオ、朝鮮半島の歴史を俯瞰し、現在の状況を考えるというものです。

かつては理系だったこともあり、高校での日本の近現代の勉強も怪しく、未だに苦手意識があるので、こうした俯瞰的な勉強は新鮮です。
日本以外の中国や朝鮮半島も、個別の歴史は触れたこともありますが、相互関係を見ることが全体的な理解につながると改めて思います。

例えば、中国の歴史でも、日清戦争の後、大正デモクラシーの時代には多くの中国人留学生(ピーク時には8000人)が日本で学び、清朝後の重要人物を輩出しています。

中国の歴史は、古くから始めると近現代はどうしても薄くなってしまいますが、中華人民共和国の歴史に特化すると、成立期、調整期、文化大革命期、改革・解放前期、改革・解放後期となかなか深いものがあります。
そもそも成立時は、中国共産党の一党独裁ではなく、様々な政治集団の連合政府でした。

その後の共産党中心への転換、文化大革命、改革開放の流れ、鄧小平の浮き沈みも面白いです。
私が生まれた1969年って、まだ日中国交正常化もされていなかったし、そもそも文化大革命の真っ最中だったんですね。
そして、国連の常任理事国も中華人民共和国ではなく、台湾の中華民国でした。ぼんやりと江青女史のニュースを見た覚えがありますし、学校の社会では人民公社を習いました。

子供の頃って、韓国も台湾も独裁国家でしたし、金大中氏の拉致事件のニュースも見た覚えがあります。
かすかに記憶にあるニュースと、物心ついてから学んだ現代史がつながっていくのも興味深かったです。

今も東アジアは安全保障上の問題もあり、安定しているとは言い難いですが、昔の方が良かったかというと、そう簡単でもないのだと思います。

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神社・神道の基礎知識 [放送大学]

今学期最後の面接授業に行ってきました。

神社や神道は日本人にとってなじみがあるもので、日本中に神社があり、正月になれば初詣に行きますが、ではそれは何かを問われるとはっきりしないものです。創始者や教典もないし、いつごろ成立したのかも定説がありません。

仏教が伝わってきて広まったにも関わらず、消えてしまわずに並立してきたのも不思議なところです。世界的に見れば、キリスト教、イスラム教、仏教が伝わった地域ではそれ以前の宗教は劣勢になってしまうのもよく見ます。

教典がなく、古事記や日本書紀が神道の文書だとしても(ただし、それだけではない)、そこに宗教的な戒律や、教訓が含まれているかというととてもそうは思えません。

そもそも神というのは何なのか。
八百万の神と言いますが、わかっているようで、日本人であっても説明できません。
天照大神、イザナキやイザナミは神だとして、ホノニニギノミコトも神だとすると、その子孫とされる天皇も神なのか。日本人の多くも古く遡ると天皇家とつながっているという人も多いわけで、そうすると神なのか。明治天皇や乃木将軍は、生きているときから神なのか、死んでから神となったのか。
狐や大木は神なのか。さらには無生物の大岩や山は神なのか。
同じ神を祀った神社がたくさんありますが、同じ神が複数いるのか。
キリスト教には神と悪魔がいるが、神道の神は善いものだけなのか。

実のところ、こうした点は明確になっておらず、江戸時代の国学者である本居宣長も、
「神とは何か未だよくわからないが、古い文書に見える天地の諸々の神達を始め、それを祀る神社にいる御霊、人、鳥獣木草、海山など何でも、世の常ならず優れたことがあって、かしこきものを言う」
という説明をしています。

祭祀も昔から行われてきていますが、それが何を意味しているのかはよくわかりません。神宮(伊勢神宮)の遷宮も、新しい状態を維持する、技術を維持するなどいろいろな意味づけはされますが、なぜその周期でやる必要があるのかはよくわかりません。
お参りするときに二礼二拍一礼も昔からそうしてきたという以上に何を意味しているのかはよくわかりません。

教典はないし、神とは何かもよくわからないですが、穢れとか、祟るとか、常若とか神道的な価値観と呼ばれるものは日本人に広く共有されていているということになります。



古事記や日本書紀が世界の成立から天皇の歴史を記述しているため、当然皇室とのつながりも深く、それだからこそ、日本社会が神道をどう扱うかも時代によって大きく異なってきました。

それこそ古事記や日本書紀の内容が真実の歴史だと考えられた時代もありましたが、現代ではそのようなことはありません。

仏教を広めた聖徳太子や、大仏を立てた聖武天皇の例を思い起こせばすぐに気がつくのですが、天皇家が神道のみになっているのもつい最近の話で、それまでは崩御の際は仏式で葬式が行われていました。

伊勢神宮(正式には神宮)も、江戸時代から伊勢参りが盛んになり、今でも観光地となっていますが、本来は天皇家の祖先を祀った神社なので、天皇家以外が参拝すること自体認められていませんでした。

祭日も、暦が中国から入ってきてから日が決められていますが、それ以前は農業のサイクルにあわせて柔軟に行われていて、厳密なものではなかったそうです。

つまり、今我々が見ている神道も、昔のままではない、ということですね。
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