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能登旅行 [旅・出張]

国内旅行もいろいろ行ってきたので、最近の注目は離島や半島です。
この連休は能登半島に行ってきました。

午後から出発して飛行機で能登空港へ。
バス、のと鉄道と乗り継いで、最初は七尾へ。
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飛行機から見ると能登半島は山がちではあるものの、あまり高い山は無いようです。
鉄道で走ると、そのゆったりとした山はもちろん、穏やかな七尾湾の海が見え、その間には水田が広がり、黒い瓦の切妻屋根の民家が並びます。
海だけ、山だけ、水田だけ、というのではなく、これらが全部見えて色が美しく、日本の田舎、といった感じです。

七尾は結構大きな街ですね。
ちょうど夏祭りをやっているらしく、縁日の屋台が並んで楽しい雰囲気に溢れていました。
定石のように鮨で夕食、蒸しアワビやノドグロの炙りは美味しい。
そして、サザエなんて食べたのは何年ぶりでしょうか。
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二日目はレンタカーを借りて七尾を出発。
コンパクトカーなのに、自動ブレーキ、車線逸脱警告、ハイビーム切り替え。
時代は進んでいます。

能登島水族館でジンベイザメとイルカを見て、昼は外浦まで走ってこれまた鮨。
ちょっと走っただけなのに、内浦の七尾湾の穏やかな海と違って、波が荒い日本海。
海岸線も起伏が激しく山が迫っています。

走っていると、重要伝統的建造物保存地区の看板を発見し、急遽立ち寄り。
黒島地区は北前船の廻船問屋として栄えた天領で、地区全体が重要伝統的建造物保存地区となっています。全く知らなかった。

港町かと思うと真ん前の海岸の地形を見ても良港という感じではありません。
交易の拠点ではなく、廻船問屋という経営と労働力の機能だけがあって発展したそうです。
当時の黒島地区の船乗りは、春になると大阪まで陸路で行き、そこから北を目指して進みながら交易し、今度は南に下って交易して大阪まで戻り、そこで船を下りてまた陸路で黒島地区に戻ったそうです。
わかったようなわからないような。

廻船問屋だった旧角海家住宅を見てきました。
相当に大きな家で、道路沿いに店があり、奥の海側には蔵があります。
黒島地区を見ても、黒瓦の木造家屋が並ぶだけで、蔵があるように見えませんが、これは潮風にやられないように蔵を小屋で囲った鞘蔵だからだそうです。
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時間を随分使ってしまったので、總持寺祖院をさっと見てからレンタカーを返しに能登空港へ。

總持寺は大がかりな修復工事中で、これは2007年の能登半島地震で損傷を受けたためとのこと。
能登半島地震、あったことも記憶になりませんでしたが、黒島地区も甚大な被害を受け、そこからの復興過程が重要伝統的建造物保存地区となるきっかけでもあったようです。
台風の影響を受けてから重要伝統的建造物保存地区となった御手洗の話にも通じるものがあります。
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能登空港から輪島にバスで出て一泊。
鮨はいいやと思って割烹に行ったら、またもや海産物食べすぎ。
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重い体を引きずって、御陣乗太鼓(ごじんじょだいこ)の実演を見てきました。


最後の朝は、これまた定番の朝市を見てから輪島塗会館。
輪島塗は分業体制で、全体プロデューサーに相当するのが塗師。
塗師は各地を売りに回ると同時に文化を吸収してきたのだそうです。
展示されている漆塗りを見ると、そのデザインに文化的蓄積を感じます。

今回は時間も短く、白米千枚田など定番も行けませんでした。
東京からの飛行時間も短く、自然と調和した田舎で、食べ物も美味しく、文化も深い。
また行ってみようと思う場所でした。


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シチリア旅行(ダイジェスト) [旅・出張]

放送大学で西洋の修道院をやって以来、イタリアに行ってみたいな、と思っていたので、ゴールデンウィークを利用してシチリアに行ってきました。

半年前のタンザニア旅行以来の海外旅行で、リハビリです。

■シラクーサ

行きはブリュッセルを経由してカターニアに夜に到着し、翌朝はシラクーサへ日帰り旅行。
今でこそ小さな町ですが、ここは紀元前のギリシャ植民地時代からシチリア島の中心都市だったところです。
アルキメデスもここの人物であり、アルキメデス広場という広場があったりします(他のシチリアの都市にもありますが)。

本土側にはギリシャ劇場、古代ローマの円形競技場が残りますが、ギリシャ劇場はカバーで覆われていて、台無しでした。
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突き出したオルティージャ島にはギリシャ時代の遺跡だけではなく、中世以降の街並みが広がります。
ドゥオーモはこれぞバロックという外観。
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カフェで昼食にシーフードスパゲティ(ブカティーニ)を頼んだら、3人分はあろうかという量が出てきて、夕食が食べられなくなりました。美味しかったけど。
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■カターニア

カターニアはエトナ山のそばにあるシチリア島第二の都市で、見所はそれ程多くないが、ローマ時代の円形闘技場跡があり、ドゥオーモがある。
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シチリアの名物に、混ぜご飯のおにぎりを揚げたようなアランチーニという食べ物がある。
ひたすら腹に溜まる。
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■アグリジェント

小さな町ではありますが、ここもギリシャの植民都市に遡ります。
観光客も多いです。

神殿の谷と呼ばれる地域には神殿跡が残ります。
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現在の街は丘の上にあり、街中の移動は坂ばかりで大変です。
街の住宅地の中にはサント・スピリト教会があり、一見地味ですが、中はすごい。
パレルモ出身のジャコモ・セルポッタという人物による像が動き出そうかというように配置され、これぞバロックという感じでした。
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■パレルモ

最後はパレルモ。
ここはすごかった。
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マルトラーナ教会は内部がビザンチン様式かと思えば、
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ロザリオ・イン・サンタ・チータ祈祷堂は、またジャコモ・セルポッタによるバロック。
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サン・フランチェスコ教会はロマネスクだとのことですが、内部はゴシックのような部分、バロックのような部分が混在していました。
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シチリア島は、ギリシャ、ローマ帝国、東ローマ帝国、イスラム、ノルマン人、フランス、スペイン、オーストリアと地中海世界の登場人物が全部入りになったような複雑な歴史を持っていて、難しくて頭が混乱しますが、大変興味深いところです。

食べ物も、イタリア料理でありつつ、魚介類も豊富で、日本人にはうれしいところです。
量が多いのはきついですが。
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松本と犬山(国宝五天守の旅) [旅・出張]

年度も開けたので、ゴールデンウィークを控えてはいるものの、ちょこっと車で二泊三日の国内旅行をしてきました。

■松本

初日は松本へ。
ゆっくり寝てから起き、洗濯をして、2km泳ぎ、洗車給油してから出発したので、松本に到着したのは夜。
ちょうど夜桜を見るために松本城内を開放していたので、見てきました。
東京より少し遅く、ちょうど満開です。(とわかってて行ったのですが)

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しゃれたバーで少し飲んでから一泊、翌日は再び松本城。
青い空と雪を抱いた山の組み合わせという背景が素晴らしい。
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つまり、珍しく晴れていました。

なぜか松本は外国人観光客、それも欧米系の観光客が目立ちます。

旧開智学校、なわて商店街、中町商店街を見てから岐阜へ。


■岐阜

岐阜に着いたのは夕方の日没前。
何度か来ているので車でしか行けないところと言うことで、金華山展望所まで。
ここ、かなり良いところですが、公共交通機関がなく、車でしか行けないので他の夜景の名所ほど有名ではないのかも。
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岐阜の夜の町はなかなか興味深いですが、今回は夕食の小料理屋でかなり満足したので、早めに上がり。
駅前から商店街がありますが、夜は全く人通りがありません。
かといって寂れているかと思うと、しゃれた店がぽつぽつあったりします。
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■犬山

最終日は岐阜から犬山へ。

実は、犬山城を見て、国宝となっている五つの天守(松本城、犬山城、彦根城、姫路城、松江城)をすべて見たことになります。
最後に見るのにふさわしい、これまた絵になる城でした。
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ただ、基地が近いせいか、ひっきりなしに轟音と共に戦闘機が飛んでいきます。

門前町もさっと見て、これまた車でないと行きにくい、博物館明治村へ。
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ここは古い日本の建物を60以上移築しているところで、素晴らしいところですね。
レストランはもちろん、それらしい市電、SL、バスも走っていて、おそらく一日いても飽きないです。
普通は観光に行ってもこうした建物はたいてい町の中にぽつんと1つ2つあるだけですが、ここは際限なくありますし、中にも興味深い展示がされています。
小金井公園にある江戸東京たてもの園よりずっと大きいです。

いつまでも見ていたい・・・ところですが、時間はもちろん、いつもように雨が降ってきた。
靴下まで濡れてしまい、帰路へ。
高速道路も、前がよく見えないほどの豪雨でした。

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まだ行っていない松本城、犬山城に行って、国宝五天守を制覇するのが主目的ではありましたが、この時期の国内を走り、こんなにも桜がいろいろなところに咲いているのにびっくりでした。
また、桜が終わっているところも新緑が素晴らしい。
この時期の国内旅行も味を占めてしまいそうです。
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川越 [旅・出張]

この時期はまとまった時間がなかなかとれないので、おそらく家から一番近い重要伝統的建造物保存地区である川越に行ってみました。

小江戸小江戸って言い過ぎだよな、と思っていましたが、各地の重伝建と比較してもきれいに街並みが残っている方ですね。
電線も地中化されていてきれいなものの、自動車の交通量が多く、歩きにくいのが残念。
近くにバイパスを作って歩行者天国にでも出来れば良いのですが。
土産物屋も多く、休憩できるしゃれた喫茶店も多いです。
地方の重伝建だと、今も使われているかわりに、全く休めるところがないところもあります。

海外からの観光客も多く賑わっていて、街並みを生かした観光策としては大成功ではないでしょうか。都心から近いことが有利だとしても。

ただ、良くも悪くも観光地になりすぎていて、個人的にはもう少し歴史的な解説や見学が出来ると良いのにな、というところでした。

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天草旅行 [旅・出張]

毎年恒例、1月の連休の旅行は天草に行ってきました。

天草は120もの島からなり、現在は熊本県に属していますが、長崎県、鹿児島県にも面していています。
今でこそ「離島」ということになりますが、かつて舟運が主体だった時代にはむしろ交通の便の良いところだったのでしょう。
主要な島である下島(しもしま)、上島(かみしま)、大矢野島、そして本土側の宇土半島も含めて川のような水路で離れているくらいなので、橋で接続されており、半島のような交通路になっています。
全体的に山がちで平野は少なく、海岸沿いにいくつかの街があります。

東京から行くのにはそれなりに時間がかかり、観光に割けるのはほぼ一日。今回は一番離れた下島を中心に反時計回りに回ってみました。


■本渡(ほんど)

昼頃に家を出発して、羽田空港から福岡空港へ。
ここから往路は天草エアラインを利用してみました。

天草エアラインは「みぞか号」1機しかない小さな航空会社ですが、手作りの機内誌を作ったり、頑張っています。
あいにくの天気で景色は楽しめなかったものの、夕暮れの天草空港に到着。
いつものように雨が降っていて、リムジンバスで本渡へ。

本渡は下島最大の都市で、コンビニやファストフードもあり、寂れているもののアーケード商店街もあります。

二日目に歴史民俗資料館、天草キリシタン館、明徳寺を見て、三日目は祇園橋と本渡諏訪神社を見学。

天草の歴史となると、やはりキリシタンによる島原・天草の乱と、その後の鈴木氏の統治の話が中心になります。いろいろな博物館がありますが、内容はほぼ同じになっている印象です。

早い段階からキリスト教化が進んでいた島でキリスト教を弾圧したため、という宗教上の理由だけではなく、耕地が限られているにもかかわらず高い年貢を課されていて、凶作が続いたことが理由として挙げられています。
ただし、反乱側は最終的に1人を除いて全員死亡という悲惨な結果となったこともあり、なぜ、何を目指して反乱を起こしたのかはよくわからない印象です。

37000人もの人が亡くなってしまったために地域社会のダメージは大きく、その後天領になった天草に代官となった鈴木重成は年貢の半減を幕府に求め、その兄で曹洞宗の鈴木正三は仏教でこの地を支えようとしました。その子の鈴木重辰も含めた3人はとても尊敬されていて、鈴木神社という神社もあるそうです。

本土にある明徳寺も曹洞宗のお寺。
石段には十字架が刻んであり、そこを踏んでいくようになっているとのことでしたが、見てもよくわかりませんでした。
階段の右にある像、明らかに外人顔ですね。
境内の慈母観音もマリア像のようでした。

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■苓北町(れいほくまち)

天草下島はほとんど天草市ですが、北西部分は苓北町になっています。
ここに飛び出したよう半島があり、富岡城の跡があります。

ここは島原・天草の乱の際に激戦地となり、勃発後勢いを増す反乱軍が攻めますが、落とすことが出来ませんでした。
そのことが、反乱の潮目の変わり目になったようです。

現在の建物は復元のようですが、海の眺めは美しく、自然に作り上げられた砂嘴が見えます。

この辺りは昔は石炭がとれたそうで、現在では巨大な火力発電所がありました。

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■大江、崎津

下島の西部は断崖絶壁が海に臨むような厳しい地形で、夕陽で有名。

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その間に小さな集落があります。
大江は山の中、崎津は海沿いの小さな集落ですが、そこに教会が建っています。

教会の建物自体は正直なところそれ程でもないように思いましたが、小さな日本的な集落に教会が建っているのは不思議な光景ではあります。特に崎津なんて、本当に小さな集落です。

島原・天草の乱以降はますますキリスト教の弾圧は厳しくなり、毎年踏み絵を踏ませたりしていたようです。
それでもこの辺りには隠れキリシタンが残り、300年も信仰を守ってきました。
その間にオラショと呼ばれる祈りの言葉はラテン語も意味不明のものになるなど、変化していきました。
明治になってキリスト教の禁令が説かれたとき、崎津はカトリックに復帰しましたが、隣の集落の今富は自分たちの信仰を続ける選択をしたそうです。

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■牛深(うしぶか)

下島の一番南西にあるのが牛深。
ハイヤ大橋という巨大な橋があります。これは関空を手がけたレンゾ・ピアノが設計したとのこと。
遊郭の跡地など見てみたかったのですが、時間が遅くて断念。
おみやげに「ばくだん」などのかまぼこを買って、本渡に戻りました。

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■大矢野島

最後の日、帰りは熊本までバスで戻ることにして、大矢野島の天草四郎メモリアルホールをちょっと見て帰ってきました。

途中、一号橋を新設している工事が見えました。
現在の橋の隣にアーチの橋を架けているようです。

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合掌造りと高岡 [旅・出張]

2016年の年末は、岐阜と富山に行ってきました。
7月に買った新車で、泊まりがけの旅行は初めてです。

■岐阜

以前に岐阜に行ったのは30年近く前、学生時代に青春18切符で。
その時は、何だか寂れている印象を受けました。

久し振りの岐阜は路面電車こそなくなったものの、JR、名鉄の駅の周辺は若者も多く、おしゃれな店が並んで賑わっています。
が、柳ヶ瀬に行くとイメージ通りの?地方の繁華街。
渋いバーテンダーがいる小さなバーで飲みました。


■合掌造り・白川郷

二日目は白川郷へ。
以前この辺りに来たときは、東海北陸自動車道は郡上八幡くらいまでしかなかったと思いますが、現在は北陸まで全線開通しています。

世界遺産の白川郷も白川郷ICからすぐです。
が、集落に入る辺りから各地のナンバーの車で渋滞。駐車場が満車で入れ替わりで入れています。


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ようやく車を駐め、橋を渡ると荻町集落。アジア中心の海外観光客も多く、テーマパークのよう。

ただ、合掌造りは期待以上に楽しめました。
生活をしている集落なので、入れる家は3~4軒ですが、かなり巨大。
5階まであるものもあり、住居というより、マンションのよう。
釘をほとんど使わない、と言われますが、まずその巨大な建築を可能とした技術に驚きです。

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どの家も構造は似ていて、基本的に住居は1階となっています。
囲炉裏が必ずあり、居間の他に立派な客間や仏間があります。
客間は欄間の彫刻も施され、違い棚、床の間というフル装備。
仏間には「報恩講」という見慣れない言葉の説明が。
これは現地では「ほんこさま」と言われており、浄土真宗の行事のようで、冬にごちそうを食べたりするそうです。
そのための立派な食器も残されており、今でもやっていると後に訪ねた相倉集落の人も言っていました。
この辺りは浄土真宗が信仰されていたようですね。
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中二階には独身者・使用人の部屋がありますが、巨大な屋根裏の2階以上は作業場となっており、養蚕、紙すき、硝石の製造が行われていました。
現在公開されている家屋では博物館のように昔の農機具などの展示場所になっています。
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養蚕を行うというのは東日本中心に江戸以降の日本で普通に見られたことですが、合掌造りという特異な建築が生まれたのは、雪深いために急傾斜の屋根が必要となったこと、山間で農耕地を最大限確保するために屋根裏を活用したことがあります。
1階の囲炉裏の上部は格子の吹き抜けになっており、暖気が上階にも流れるようになっています。逆に言うと暖房効率が悪そうですが。

硝石造りというのも興味深く、床下に蚕の糞、そして人の尿を重ねていって、原料としたそうです。

今でこそ高速道路で行けますが、厳しい山間の生活、生きていくためにいろいろな工夫をしたことがうかがえます。
その一方で、行事のための衣服や食器は割と贅沢なものが残っていたりします。
しかし、戦後経済が発展する中で、医者もいない山村は取り残され、廃村になったりする事例もあったようです。
だからこそ古い家屋が残ったとも言えるし、そして世界遺産になったからこそ、今に残っているというのは幸運としか言い様がありません。

来るときに降っていた雪が上がったので、展望台に上ってみました。
白川郷荻町集落の合掌造りの特徴は、切妻の屋根の向きが揃っていることで、そのことがこの美しい景観を作っています。
谷の流れる向きに揃っていますね。
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■高岡

2泊目は高岡、富山県第二の都市。
都道府県所在地はほぼ行ってしまったので、最近は第二の都市に注目です。

着いた晩には寒ブリ、平目、香箱ガニを食べ、翌朝から市内巡り。
万葉線というしゃれた名前の路面電車が走っています。

まずは瑞龍寺。曹洞宗の寺というのが北陸っぽい。
一直線に並んだ山門、仏殿、法堂が国宝になっていて、その他の建物も重要文化財です。
伽藍の配置は永平寺や萬福寺に似ています。
禅の寺らしく派手さはありませんが、よく見てみると欄間の彫刻や、釘隠しが凝っていたり、襖の模様と引手のデザインが統一されたり、いい感じです。
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駅の反対側に行って、日本三大仏の一つという高岡大仏を見てから、高岡の二つの重要伝統的建造物保存地区の街並みへ。

一つ目は山町筋(さんちょうすじ)。
歩いていて、どこかよくわからなかったほど、交通量が多い車道で、ぽつりぽつりと土蔵造りの建物がありますが、景観をぶちこわすような建物もあって、台無しです。
黒っぽい古い街並みに、白いビルが建っているのは他でも見ますが、所有者の意図は謎です。
電線は地中化され、電灯もデザインされていますが、歩いて楽しいというには到らない感じです。残念。

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一方、川を渡っていったところにある金屋町(かなやまち)は、石畳になっていて、ずっといい感じです。
高岡は鋳造の街で、高岡銅器は国内でも圧倒的なシェアを誇ります。
住居だけではなく、銅器の会社と思われる家も多く、見ていると金森など金属系?の名字が多くあります。
江戸時代の勅許鋳物師の系統のようですね。
古い家々の前に鋳造された像が一つ一つ置かれているのもしゃれています。
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五箇山へ行く途中で雨晴海岸(あまはらしかいがん)からの景色。
高岡は藤子不二雄の出身地としても知られていて、列車もそれにちなんでいます。
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■五箇山の菅沼集落、相倉集落

世界遺産の合掌造りというと岐阜県の白川郷(荻町集落)が有名ですが、実は五箇山の菅沼集落、相倉集落のあわせて三つで世界遺産です。
帰り道に残り二つも訪問。

高速道路のIC一つ離れただけですが、観光客はずっと少なくなります。

菅沼集落は9軒ほどの合掌造りがある小さな集落。
建物は土産物屋やレストランになっていて、観光地化された印象。

白川郷と五箇山の合掌造りは似ていますが、白川郷の合掌造りは平入りであるのに対して、なぜか五箇山は妻入りです。
また、白川郷と違って、五箇山の合掌造りの向きはまちまちです。
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さらに20分ほど車で走ると相倉(あいのくら)集落。
ここは菅沼集落よりは大きい。
開いている相倉民俗館、相倉伝統産業館を見ましたが、人が少なく丁寧に説明してくれて幸運でした。
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3つの村どこでも、家の前に「放水銃」なるものがあります。
囲炉裏で火をたいているものの、木造である合掌造りは火災が天敵だそうで、集落内は禁煙。
いざ火災になった際はここから水が出て、延焼を防ぐのだそうです。
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ということで、富山に日没近くまでいてしまったので、空いている高速道路を走りに走って、帰宅。
家で紅白を途中から見て一年の締めくくりです。
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津和野・山口旅行 [旅・出張]

アフリカのタンザニアの次は、3連休を利用して島根県の津和野と山口県の山口を旅行してきました。

珍しく前日は遅くならずに帰れたので、荷造り、出発とも慌てずに朝の羽田空港に到着、飛行機で萩・石見空港へ。
曇っていましたが、着陸前には山が海に迫った山陰の海岸がよく見えました。こういうところ、船でのんびりクルーズしたら楽しいと思うのですが、誰かやらないでしょうか。

萩・岩見空港は、便数が限られたこぢんまりとした地方空港。
唯一の公共交通機関は益田駅のバスなので、それを利用する予定でしたが、予約制の乗合タクシーに空きがあったので、直接津和野まで。


■津和野

津和野は津和野川沿いに広がる山間の城下町で、山陰地方の観光地としては有名なものの、以前の松江・石見銀山・萩旅行で立ち寄れなかったこともあり、行ってみたいところでした。

駅のコインロッカーに荷物を預けて歩き出したところでぽつぽつと雨が降り始めました。
天気予報で予想されていたことですが、どんどん強くなることも予想されていたので、弥栄神社(やさかじんじゃ)を見てから、山の中腹にある太皷谷稲成神社(たいこだにいなりじんじゃ)へ。
京都の伏見稲荷神社のように赤い鳥居が並ぶ上り道を登っていきます。
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さらに歩いてリフト乗り場からリフトで山を登り、津和野城址まで。
結構な山道。
このあたりでかなり雨が強くなってきて、雨と蒸し暑さによる汗でシャツもびしょ濡れ。
リフトを降りた山道で1回人とすれ違いましたが、他には誰もいませんでした。熊が怖い。
津和野城は石垣が残るのみですが、眼下に津和野の街を眺めることができます。
オレンジ色の瓦が多く印象的ですが、なぜこういうところに来るといつも雨なのでしょうか。
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西周旧居、森鴎外旧宅と森鴎外記念館、津和野町郷土館を見てから重伝建地区の殿町に。
水路に立派な錦鯉が泳ぎます。
きれいなところですが、脇町、竹原、御手洗、萩と行った他の重伝建地区と比べると、雰囲気がある歩いて楽しい町並みという感じではありません。
もっとも、あまりにも保存状態が良いと、休んだり買い物したりする店が少なくなってしまうんですけどね。
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車で訪れる人が多いせいか、早めに閉まる店が多いのも残念。

多胡家表門、大岡家表門、藩校養老館跡、津和野カトリック教会をざっと見て、最後は永明寺(ようめいじ)と森鴎外の墓。
森鴎外は津和野で幼少期を過ごしましたが、その後は二度と戻ることはありませんでした。
特に嫌っていたのではなく、機会がなかっただけのようですが。
「森林太郎」の墓は三鷹の禅林寺にもありますね。



■秋芳洞、秋吉台


翌日は朝からバスで秋芳洞まで。
いつものことですが、連休なのに路線バスの乗客はまばら。
車窓からはセイタカアワダチソウの黄色い花がよく見えます。

秋芳洞のバスセンターを下りて、参道のような商店街を通り、入り口を超えると川沿いの通路を進んでいきます。
この川は秋芳洞から流れ出していて、水量も多く激流。
洞内に入ってもごうごうと音が響き渡り、怖いくらいでしたが、どうやら前日までの雨のせいでいつもより水量が多かったようです。
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秋吉台はカルスト地形で石灰岩の塊なので、しみこんだ雨水が地下水となって流れることで鍾乳洞が形成されます。
鍾乳洞自体は何回も見ているものの、広くて、良いのか悪いのかコンクリートの鋪道が整備されているのでゆっくりと見ることができます。
他の鍾乳洞にあるような狭い通路を通るというのはほとんどありません。

この日は雲があるものの晴れ、暑いくらい。
日差しは強いものの、涼しい風が吹いていて、というか、すごく風が強い。

秋吉台科学博物館を見て、せっかくなので、秋吉台の散策をしました。これまた人が少なかった。
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秋吉台は、海底の火山の上に成長した珊瑚礁が、プレートが潜り込む際にはぎ取られ、押し上げられて陸上に露出したものだそうです。

石灰岩なので雨水で浸食されるため、基本的に川はなく、くぼみが形成され、そこから地下に水が流れていきます。
植生はそのくぼみに堆積した土壌によるものです。

森林ではなく、草原になっているのは、山焼きをしている影響もあるのかもしれません。


■山口

秋芳洞からバスで戻ってすごい勢いで山口見学。

今回泊まったのは山口の隣駅の湯田温泉。ただ、山口は小さな街で、山口大学も湯田温泉に近いため、山口市街と湯田温泉は一体化し、繁華街も湯田温泉の温泉街となっているようです。

先ず向かったのが県政資料館となっている旧県庁舎・旧議事堂。
見学者は他にいませんでしたが、このように旧県庁舎・旧議事堂が残っているのは、山形県と山口県のみとされます。山形県の文翔館を見た際にそのことを聞いていたので、見逃せないと思っていました。
山形のように気合いを入れて修復されているわけではありませんが、部屋ごとに天井のデザインが異なり、やはり凝った建物でした。
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山形県の旧県庁舎は当時の馬淵鋭太郎知事が建てようとしますが、あまりにも豪勢で予算がかかるので、県議会で紛糾、譲らなかった知事は山口県に転任となってしまい、その後、1913年に着工、1916年に完成しました。

そして、転任先の山口で、全く同じ1913年に着工、1916年に完成したのが山口県の旧県庁舎および県会議堂です。

両者が現在まで残されているのも、因縁を感じます。


県立博物館、県立美術館を見て、山口ふるさと伝承総合センター、龍福寺(大内氏館跡)、今八幡宮、弥栄神社とすごい勢いで見ていって、最後は瑠璃光寺。ここの五重塔は室町時代の建立で、国宝。日本三大名塔の一つだそうです。
屋根の大きさに対して層は小さく設計されていて、すっきりと見えます。
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ここで日没。


翌日はホテル近くの中原中也記念館を見て、早めに帰ってきました。



二泊三日の短期の旅行も緊張感があって良いですね。

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タンザニア旅行(ダイジェスト) [旅・出張]

少し前の話になってしまいましたが、タンザニアに行ってきました。


■ダルエスサラーム

東アフリカのタンザニアはタンガニーカとザンジバルが連合した国。
首都は国土の中心に近いドドマになっていますが、インド洋沿いのダルエスサラームが最大都市。
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南極大陸を除いて唯一行っていなかったアフリカ大陸についに上陸です。
本当はエジプトあたりの北アフリカが入門でしょうけど、最近どこも治安が悪いですからね。

「ニイハオ!」と声をかけてくるのは昨今の状況から仕方ないですけど、空港の中の職員も陽気に声をかけてきます。

車は左側通行、そして日本車ばっかり。

■キルワ

一日かけてタンザニア南部のキルワへ。

東アフリカは貿易風を利用してインド洋の交易が古くから行われてきました。
それを担ったアラブ人と、現地のアフリカ人の文化が混じったスワヒリ文化が栄えました。
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その拠点の一つだったのがキルワで、「キルワ・キシワニとソンゴ・ムナラの遺跡群」として世界遺産になっています。
都市の後がキルワ島、ソンゴ・ムナラ島に残っていますが、完全にうち捨てられているので、のんびりとした「南の島」に廃墟が残っているような感じです。
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東向きの海、といえば朝日。
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ホテルがシービューで、起きると日の出が見えるわけですが、おおっと思って窓を開けると蚊が入ってくる・・・。
格闘の上、撃墜。
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翌朝も日の出を見ましたが、窓に蚊が張り付いているのを見て、テンション低下。
許さん、この昆虫。


結構移動が多く、幹線通り沿いに小さな町がぽつぽつとあります。
電灯もないような町にも果物を売っている店、肉を売っている店と並んで、携帯電話の店があります。
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M-PESAというのは、アフリカで普及している携帯電話による送金システムだそうです。


■ザンジバル

最後はザンジバル。
インド洋に浮かぶ島ですが、それぞれ独立してから連合した経緯があり、本土から上陸するには入国審査があります。

ストーン・タウンと呼ばれる旧市街はこれまた世界遺産となっていて、古い街並みが残されています。
本土はイスラム教、キリスト教が多いですが、ザンジバルはイスラム教がほとんど。
アラビア文字も目立ち、中東の雰囲気が色濃くなります。
観光客も目立ち、観光地の雰囲気もアップ。

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その中の一つの建物ははるか日本から来たからゆきさんが働いていたところで、ジャパニーズバーと呼ばれたところです。
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ザンジバルは貿易で栄えましたが、何を取引していたかと言えば奴隷。
奴隷貿易と言えば、西アフリカが有名ではありますが、ザンジバルでもフランス植民地やアラブに輸出され、そうした歴史もあり、アラブ人に対するアフリカの人の感情は複雑であるようです。

さらに、クローブの商品性に目を付けたザンジバルのスルタンは、島での栽培を開始。
世界的なクローブの産地に成長しますが、クローブは労働集約的であり、今度は島内の奴隷需要が急増。
砂糖だけではなく、クローブにも暗い歴史があるんですね。

それにしても、日本車が多い。
現地でダラダラと呼ばれる乗り合いバスをはじめ、ミニバスの需要が大きいようですが、サイズがちょうどいいのか、旅館、幼稚園、自動車学校などの車も多くて、風流です。
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かなり緊張していったアフリカ、意外に?普通で、先日行ったカンボジアよりよっぽど普通かも。
タンザニアは初代大統領ニエレレこそ20年以上やりましたが、その後はきっちり10年ごとに選挙で大統領が交代しています。スワヒリ語が国語として普及し、サブアフリカの中では非常に安定しています。
しかし、経済的には貧しく、やはり社会主義的な経済政策の間違いとか、インフラの未整備というのがあるんでしょうね。
このあたり、まだ一国しか行っていないので、まだ、面ではなく点の知識といった感じです。

タンザニアの旅行記
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富岡製糸場 [旅・出張]

新車の慣しもかねて、富岡製糸場に行ってきました。
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日本の製糸業は明治維新後に富岡製糸場を嚆矢に発展し、維新間もない1880年代にアメリカ市場において5割の占有率に達し、1920年代には7割に達したと言います。

また、国内旅行をしていると、古い民家と呼ばれるものは多くが養蚕を前提とした構造となっていて、ある意味日本の景観を変えてしまった産業とも言えます。白川郷もそうだと言いますし、庄内平野で見た兜造りもそうですね。

維新直後というのはなかなか想像しにくい世界ですが、電灯もなかったため、大きく窓をとり、自然採光で操業していたのだそうです。そのため、繰糸場は東西に長く南向きとし、季節によって操業時間が違ったとのこと。
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ガラスはさすがに輸入したものの、レンガは技術指導して瓦職人に作らせたと言います。当時のお雇い外国人って、製糸に限らず、建築、さらにはレンガまでの技術を持っていたというのも驚きです。しかも、関係者がほとんど20~30代なんですよね。

さて、富岡製糸場、工場の中は見学できるものの、機械が動いている様子は見られません。また、工場以外の建物も中には入れないのが残念なところです。
機械についてみれば、同じ機械がたくさん並んでいる、という感じです。映像や図での説明がありますが、蚕の糸はもともと長いため、繭から最初の糸の端をみつけるあたりは複雑ですが、その後は基本的には糸を撚っていくだけです。
糸がなくなったときに別の糸を加えるあたりは職人芸があったようですが、機械の構造は比較的単純に感じました。
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蚕糸のような長い糸を撚っていく製糸業に対して、棉花のような短繊維を紡いで撚っていくのが紡績業。そのため、紡績業では工程がより多く、先月マンチェスターで見たときも多くの種類の機械が並んでいました。

製糸業と紡績業の比較は放送大学の日本経済史の授業でも出てきましたが、製糸業については原料である養蚕段階から日本が競争力を持ち、製糸機械も簡素化して国産化出来たために資本調達も間接金融で済みました。

一方、紡績業は棉花生産について日本は競争力がなかったので輸入し、機械も日本の技術では品質が高まらずに海外からそのまま輸入する必要があったために、直接金融が主体だったとのこと。

ただし、労働者については紡績業より製糸業のほうがさらに熟練を要したために、人手不足が課題となりました。

このあたり、産業論としても面白そうです。



富岡製糸場、製糸業に感心があれば面白いかも知れないですけど、見学時間もそれほどかからないし、世界遺産ではあるものの、観光地としてはまだまだという感じですね。周囲にもぱらぱらと店がある程度で時間がそうつぶせるわけでもなく、このためだけに遠くから行く人は多くないかも知れません。
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イギリス旅行(ダイジェスト) [旅・出張]

夏休みはイギリス旅行をしてきました。
イギリスは最初に海外旅行をした国で、その後もトランジット等で行く機会が多く何と8回目。
しかし、ロンドン以外は行ったことがなく、なかなか新鮮でした。首都だけを見ていてもその国というのは分かりませんね。
ポンド激安かと思いましたが、やはり物価は高い国でした。

■ロンドン

最初はエジンバラに向かいましたが、ロンドンでヒースロー空港からガトウィック空港に乗り換える必要があるため、大英博物館に立ち寄り。
ここも何度も来ているところではありますが、色々な国をまわると、例えば、アテネでパルテノン神殿の彫刻を見ても、一部は大英博物館に展示されています、といった表示があるわけです。
そういった経験を経て再度見てみるというのが今回の目的。
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率直な感想としては、やはりそれがあった現場で見るほどの感動はないように思います。
ただし、博物館の案内にもあるように、多くの地域の多くの時代の物が一同に介して比較も出来ることが利点でしょうか。
そして、これも現地で見て気づくのですが、大英博物館にあるものほど保存状態が良いものは貴重です。
イランのペルセポリスで見た有翼人面牡牛像は保存状態が良いとは言え、傷が目立ちます。


■エジンバラ。
天気が悪かったこともあり寒いくらいで、日本の感覚で温度設定してエアコンを入れると暖房になります。

ロイヤルマイルという旧市街の通りが中心で、この時期は大道芸人やストリートミュージシャンもいて賑やかです。
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道の途中にはスコットランド出身の哲学者デイヴィッド・ヒュームが。
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スコットランドの名物料理と言えばハギス。「羊の内臓を羊の胃袋に詰めて茹でたスコットランドの伝統料理」というと凄そうですが、ソーセージの中身だけ食べたような味で意外に普通です。そぼろのような感じで、マッシュポテトと出てきます。
左上の部分です。
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そしてもちろん、スコッチウイスキー。レストランでも飲み比べメニューがあります。
ただし、値段は日本より安いと言うことはないです。
そして、ストレートで出てきます。水も一緒に出てきますが。
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■ヨーク

イギリスで初めて鉄道で移動してヨーク。
南下してこのあたりまで来ると、かつてローマ帝国の支配が及んだ地域になります。

鉄道からの車窓でも、時々立派な建物が見えてびっくりしますが、ヨークも巨大な大聖堂が建っています。
なんとホテルの部屋はこの目の前でした。
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街全体が城壁に囲まれており、歩いていても雰囲気が良い街です。

もう一つの目玉が鉄道博物館で、古い蒸気機関車と共に新幹線0系が展示されています。
ここだけ日本企業の寄付のせいか、日本語の説明もあります。
高速鉄道はコスト高であり、それを回避すべくイギリスの鉄道は斬新的な発展を選んだが、その結果としてモータリゼーションで奪われた旅客を取り返すことが出来なかった、との率直な解説。
車内に入ることも出来、なかなか懐かしい。
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■リヴァプール

さらに南下してリヴァプール。

この都市はマージー川の河口にあり、古くから港町として栄えました。
悪名高いイギリスの奴隷貿易(三角貿易)の拠点ともなり、それで発展した歴史を持っていますが、何と言ってもこの都市の最大の輸出品はビートルズ。
関連の博物館もありますが、ちょっと時間切れで行けなかった。

中華街もあり、博物館の展示などを見ていても、この国、この都市と中国のつながりの歴史の深さを感じました。
AIIBへのイギリスの参加など、唐突のように見えますが、歴史的なつながりも大きいのかな、とも感じました。
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港町としては衰退し、失業率が高い状態にありましたが、再開発されて街もきれいです。
このあたり、日本の衰退した地方都市とどうして違うのか考えさせられます。
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■マンチェスター

イギリスの最大の都市はロンドンとして、二番目はどこかとなるとドングリの背比べのようですが、二位とされる都市の一つがマンチェスター。
科学産業博物館があり、蒸気機関や織機の展示、実演が行われています。

紡績は棉花の短繊維を紡いで撚って糸にしていきますが、思ったより手順が多く、それぞれの機械に分かれています。
こうした機械を蒸気機関で動かすことに成功し、一時は世界の綿織物の70%がここで作られていたと言います。
インドの棉花をインドで綿織物にするより、一旦イギリスに運んで綿織物にしてから持ってくる方が安いという圧倒的な生産性の差があったと言います。

マンチェスター付近で綿織物工業が発達した理由は3つ挙げられていて、港であるリヴァプールに近かったこと、蒸気機関の前の主要な動力源だった速い水流が得られていたこと、そして規制が緩く、工場や労働者の住居の建設がしやすかったことだそうです。

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蒸気機関にしろ、織機にせよ、この地で実際に動いていた物が展示されていると迫力があります。


そして、マンチェスターの後はロンドンに戻り、一週間で帰国。

初めてのロンドン以外のイギリス。
そこかしこに日本語版の案内や日本語音声の案内があり、とても旅行がしやすくて見所も多く、またじっくりと行ってみたい国ですね。

旅程
イギリスの旅行記
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