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神社・神道の基礎知識 [放送大学]

今学期最後の面接授業に行ってきました。

神社や神道は日本人にとってなじみがあるもので、日本中に神社があり、正月になれば初詣に行きますが、ではそれは何かを問われるとはっきりしないものです。創始者や教典もないし、いつごろ成立したのかも定説がありません。

仏教が伝わってきて広まったにも関わらず、消えてしまわずに並立してきたのも不思議なところです。世界的に見れば、キリスト教、イスラム教、仏教が伝わった地域ではそれ以前の宗教は劣勢になってしまうのもよく見ます。

教典がなく、古事記や日本書紀が神道の文書だとしても(ただし、それだけではない)、そこに宗教的な戒律や、教訓が含まれているかというととてもそうは思えません。

そもそも神というのは何なのか。
八百万の神と言いますが、わかっているようで、日本人であっても説明できません。
天照大神、イザナキやイザナミは神だとして、ホノニニギノミコトも神だとすると、その子孫とされる天皇も神なのか。日本人の多くも古く遡ると天皇家とつながっているという人も多いわけで、そうすると神なのか。明治天皇や乃木将軍は、生きているときから神なのか、死んでから神となったのか。
狐や大木は神なのか。さらには無生物の大岩や山は神なのか。
同じ神を祀った神社がたくさんありますが、同じ神が複数いるのか。
キリスト教には神と悪魔がいるが、神道の神は善いものだけなのか。

実のところ、こうした点は明確になっておらず、江戸時代の国学者である本居宣長も、
「神とは何か未だよくわからないが、古い文書に見える天地の諸々の神達を始め、それを祀る神社にいる御霊、人、鳥獣木草、海山など何でも、世の常ならず優れたことがあって、かしこきものを言う」
という説明をしています。

祭祀も昔から行われてきていますが、それが何を意味しているのかはよくわかりません。神宮(伊勢神宮)の遷宮も、新しい状態を維持する、技術を維持するなどいろいろな意味づけはされますが、なぜその周期でやる必要があるのかはよくわかりません。
お参りするときに二礼二拍一礼も昔からそうしてきたという以上に何を意味しているのかはよくわかりません。

教典はないし、神とは何かもよくわからないですが、穢れとか、祟るとか、常若とか神道的な価値観と呼ばれるものは日本人に広く共有されていているということになります。



古事記や日本書紀が世界の成立から天皇の歴史を記述しているため、当然皇室とのつながりも深く、それだからこそ、日本社会が神道をどう扱うかも時代によって大きく異なってきました。

それこそ古事記や日本書紀の内容が真実の歴史だと考えられた時代もありましたが、現代ではそのようなことはありません。

仏教を広めた聖徳太子や、大仏を立てた聖武天皇の例を思い起こせばすぐに気がつくのですが、天皇家が神道のみになっているのもつい最近の話で、それまでは崩御の際は仏式で葬式が行われていました。

伊勢神宮(正式には神宮)も、江戸時代から伊勢参りが盛んになり、今でも観光地となっていますが、本来は天皇家の祖先を祀った神社なので、天皇家以外が参拝すること自体認められていませんでした。

祭日も、暦が中国から入ってきてから日が決められていますが、それ以前は農業のサイクルにあわせて柔軟に行われていて、厳密なものではなかったそうです。

つまり、今我々が見ている神道も、昔のままではない、ということですね。
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