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平戸・長崎・ついでに福岡 [旅・出張]

1月の成人式の連休、貯まったマイレージを使って平戸・長崎に行ってきました。

手配が出遅れたのであまり便を選べず、出発は土曜日の午後。
朝、寝坊をしてから荷造りし、羽田空港から福岡空港へ。

平戸は博多からの交通の便はあまり良くなく、鉄道は時間が限られているし、路線バスも乗り継ぎが必要です。なので、YOKAROバスというのを使ったのですが、これは年会費を払うと乗り放題という「会員制バス」で、会員登録をしないといけないし、それまで予約できないし、一見の観光客にはあまり便利ではありません。

本当は博多17:00発の唐津を通っていくバスのほうが早かったのですが、さすがに間に合う自信がなかったので17:10発の佐世保経由にしました。

福岡空港に16:35到着の予定でしたがちょっと遅れ、ばたばたしましたが、博多駅まで地下鉄で移動して、17:10の佐世保経由平戸行きのバスへ乗り込みました。

満席に近かったのですが、佐世保でみんな降りてしまい、佐世保から平戸までは年配の女性二人と私の三人だけ。
女性の一人が賑やかな人で話をしましたが、何とこれまで60カ国を旅行しているのだそう。上には上がいるもんだ。
平戸のホテルに泊まると行ったら、開いているか確認してくれたり、同じ方向だから車で送ってあげようか、とか、平戸の人って親切。

最後は明るく輝く平戸大橋を渡って、平戸に到着。
平戸って、本州ではなく平戸島という島にあるんですよね。今回計画を立てるまで知らなかった。
昭和52年にこの橋が開通するまで、本州とは船で結ばれていたそうです。

バスを降りて二人と別れ、夕食を食べに。
街は真っ暗で人通りがありませんが、平戸城と教会がライトアップされています。

寿司屋に入りましたが、これがまた楽しかった。
平戸はヒラメが名物で、ちょうど街全体で「平戸ひらめまつり」というのをやっているくらいです。
ということで、ヒラメを縁側も含めて食べ、当地では「ひらす」と呼ばれるヒラマサを食べました。
鰺の刺身はこりこりとしていて、刺身を食べた後の骨を揚げてもらったものが美味しかった。
ちょっとあぶってから海苔で巻いた穴子も美味しかった。

賑やかな常連さん二人が、いろいろ話をしてくれましたが、本当はウチワエビというものも名物らしいのですが、入荷していなかったようで残念でした。

自分が作ったみかんをくれる人もいるし、話してくれた二人は帰り際に入り口まで送ってくれるし、平戸の人って親切。平戸のことが好きになってもらいたいから、だって。

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ホテルにタクシーで向かって、大浴場に入って就寝。
水族館のように魚が水槽を泳ぐ不思議な風呂でしたが、鮨を食べた後に見るのも不思議な気分です。


さて、翌日の日曜日は平戸の観光。
海沿いのホテルに泊まったので窓の外は海。
静かな海かと思ったら、かなり流れが強く、まるで川のようです。
正面に赤い平戸大橋が見え、平戸城も見えます。

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平戸の街を歩きましたが、のんびりとした街で、人通りもあまりありません。
一応観光地ですが、それよりも静かな田舎の港町、といった感じです。

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復元された平戸オランダ商館を見学して、ザビエル記念碑や三浦按針の墓を見て、松浦資料博物館を見学。
もちろん平戸は南蛮貿易で栄えたのですが、その期間は決して長くはなく、鎖国が進み、貿易港が長崎に移ってしまってからは、基幹の産業を失い、外様大名の藩として苦労をしたようです。
眺めが良いこの博物館横の喫茶でお茶をした後は、平戸ザビエル記念教会へ。
お寺の奥に教会が見える、平戸定番の風景です。

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さらに港の反対側まで歩き、平戸城まで。これも昭和になって再建されたもののようです。
現在は博物館になっていて、結構まじめに見ていたら館員の方が隠れキリシタンの解説をしてくれました。キリスト教を隠すためにいろいろなことをやっていたのですが、それがいつの間にか習慣になって独特の文化になったようです。

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城からは、平戸の街が一望できます。というかそんなに大きくないのだけど。
対岸の角には平戸オランダ商会が見えます。
何だか天気が悪くなってきた。

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最教寺を見学し後は、またヒラメの昼食。醤油が東京のものとちょっと違うんですよね。
あまり塩辛くなく、刺身をどっぷりつけても大丈夫なくらいです。見にくいですが、刺身の右下は縁側。前の晩も寿司で食べましたが、やはりこれ美味しい。

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平戸のお土産には、カスドースというお菓子と、かまぼこ。
かまぼこは東京で見るものとかなり違っていて、板に貼り付けてあるのではなく、麦わらで囲んであるものです。
焼あじ、あじ、あご(トビウオ)の3種類がセットのものを買いましたが、「あご」が抜群に美味しかった。
http://www008.upp.so-net.ne.jp/enjoy21/gift/gift01.html



バスに乗って本州に戻り、松浦鉄道のたびら平戸駅へ。
日本最西端の駅を主張しています。雨も降ってきた。

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団体のツアー客と一緒に乗り込み、長崎に到着。
天気が悪く、稲荷山へのロープウェイも運行停止と言うことで、また寿司。
鯨のさえずり、赤足エビ、ヒラメの皮・卵、ヒラメ、ヒラス(ヒラマサ)と食べまくり。
さえずりっておいしいや。


さて、月曜日。
朝起きて軍艦島ツアーへ。
軍艦島に上陸するツアーですが、波が高いと上陸できず、当日も波が高く、出発後の船長の判断という微妙なところだったのですが、上陸できた!

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ドルフィン桟橋という新しく作られたらしい桟橋から上陸します。

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この奥にあるのは学校だったところだそうです。

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このあたりは炭鉱に人が降りていたところ。島のてっぺんにあるのは水道タンクだったそうです。
しかし、崩れているというより、爆撃されたように壊れています。

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これは島の西側にある住宅だったところ。

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軍艦島は端島という島で、もともとはもっと小さな島でしたが、埋め立てたり護岸を作ったりして今の大きさになりました。
炭鉱だったわけですが、軍艦島に石炭があったのではなく、結構離れた海底炭鉱に潜るための「穴」が軍艦島にあったと言うことです。
上陸したのは東側からですが、そちらは本州側の内海で波が比較的穏やかなために、桟橋や石炭の積み出し施設がありました。
一方、西側はそれらより「重要性が低い」住宅が集中し、よく見るビルだらけの島の風景は西側です。
上陸できても歩ける部分は南側の一部だけで、それ以外は船から見るのですが、この日は波が高く、西側を見られなかったのは残念でした。
でも、行けて良かった。

帰りの船内では軍艦島の生活の記録映像が流されます。
やたら人口密度が高かったために高層ビルが建ち並ぶ島となり、ビル同士は渡り廊下でつながれ、子供達は屋上で遊んでいたそうです。
炭鉱の労働は劣悪な環境で行われていましたが、その分給料は良く、三種の神器の普及が2割程度だった頃に、軍艦島ではほぼ100%となり、みんな家でテレビを見ていたそうです。
それが廃坑となり、数か月でみんなばたばたと退去して廃墟になってしまいました。

長崎港に戻り、ちゃんぽんを昼に食べ、空港までバスで行って、慌ただしい連休の旅行はおしまい。



・・・のはずだったのですが、続編が・・・。
空港まで行ったら、東京は雪が降っていると言うことでいきなり以降の羽田便が全便欠航。
窓口は長蛇の列だし、電話は通じないし散々ですが、なんとか翌朝一番の羽田便に変更できました。

しかたなく長崎の街に戻り、もう一泊。
今度は天気が良いので、稲荷山からの夜景も渋々見学です。

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雲龍亭というちょっと気合いが入った店で一口餃子を食べてビールを飲み、夕食にもちゃんぽんを食べて就寝。


翌朝、早起きしてウェブで見たら、また乗ろうとした便が欠航している・・・。乗員繰りのため、だって・・・。
その日の羽田便は全部満席と言うことで、電話もまたまったく通じないので、仕方なく福岡までバスで移動し、福岡空港へ。ようやく羽田便がとれましたが、夕方と言うことで、結局仕事にもいろいろ影響が出てしまいました・・・。

時間もあるので、仕方なく太宰府天満宮に行って初詣をし、梅ヶ枝餅を食べました。
九州に流された失意の菅原道真に、東京に帰れない自分の境遇を重ねて涙しました。

夕方の便、飛んだものの出発が遅れ、東京に着いたのは夜。
充実した旅行でしたが、その週の仕事は結構大変でした。



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