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函館(ダイジェスト)微妙に個人的なルーツと重ねるダイジェスト [旅・出張]

週末にマイレージで函館を旅行してきました。

金曜日に会社を少し早く上がって、羽田から函館へ。
ちょうど暗くなる頃に着いて、ホテルにチェックインし、近所の寿司屋でたらふく食べました。
函館といえばイカですが、今年は水温が低いせいか、まだあまりとれず、かつ小さいのだそうです。

翌日はまずは五稜郭。
この時期の函館は、どこもつつじがたくさん咲いていてとてもきれいでした。
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五稜郭の横には五稜郭タワーというものがあり、五稜郭を見下ろすことが出来ます。
五稜郭も良いのですが、他の家もおもしろい。
北海道というと、屋根が真っ平らなイメージがありますが、函館は瓦こそ見ないものの、本州でも見る普通の三角屋根の家も結構あります。
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その五稜郭。五稜郭は江戸時代末期に西洋の星形城郭都市を参考に造られたもの。
現在では世界の星形城郭都市を集めてサミットなんてやっているそうで、キプロスのニコシアも参加しているようです。あれよりずっと規模が小さいけど。

その五稜郭には港近くにあった奉行所が移して置かれました。
函館戦争の後、新政府によって解体されましたが、昨年2010年、なんと復元されました。
これは本州と同じ瓦屋根ですね。瓦も当時の技術では色むらがあったのをわざわざ忠実に再現するなど、宮大工を動員してかなり気合いを入れて再建したようです。
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五稜郭の後は塩ラーメン。これ、器の底が見えるほど透き通ってました。

函館の街中は市電ですいすい移動できます。
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北方民族博物館というものがあり、見学。こういうの大好き。
とても空いていて貸し切り状態で、説明員の方に説明していただきました。
昨年サンクトペテルブルクのロシア民族学博物館で、シベリアの民族衣装もずいぶん見ていたので、アイヌなどの服はおもしろかったです。北方民族は結構周囲の文化の影響を受けていて、アイヌの民族衣装のあのちゃんちゃんこのようなものは、和服の影響を受けているのだそうです。
展示物、個人のコレクションのようなものらしく、展示物の年代などがはっきりしないところが残念なところです。

街沿いには洋風の建物もあります。北海道の自由さや新しさを感じると同時に、長崎や横浜のような雰囲気もあります。
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函館市旧イギリス領事館によって、紅茶とクッキーを食べてしばし休憩。

古い部分である西部地区は港からまっすぐに続く坂が並行していますが、これは有名な八幡坂。ポスターなどでもよく見ます。
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坂上には、正教、カトリック、聖公会、そして仏教と教会や寺院が並びます。正教の教会、結婚式をやっていて中には入れなかったけど、イコノスタシスがあって、ロシアやギリシャで見る正教会と同じでした。こんなところに。
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さて、函館といえば夜景。
ロープウェイで山に登りましたが、霧がかかっていました。しかし、暗くなるとそれも流れていって、一応夜景が見えました。ただし、やはり秋や冬のほうがきれいに見えるそうです。
函館は海に舌のように陸地が伸び、その先端が山になっています。なので天然の良港となっていますが、その先の山から陸側を見下ろすのが夜景です。地形がはっきり見えます。
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その夜は、港沿いのライトアップされた倉庫街を歩き、再び寿司。
いろいろなものを食べまくりましたが、生ニシンがおいしかった。そして、何より生マグロがとてもおいしかった。他の魚と全然違う。
大間のマグロは有名ですが、その向かいの北海道の戸井に上がるマグロも有名らしく、函館の寿司屋の言い分としては、同じマグロだけど戸井のほうがマグロの扱いが良い、とのこと。
腹一杯食べ、さらにバーで飲んでから就寝。

最後の日、日曜日は、青函連絡船の博物館を見た後、朝市でカニ、イクラ、ウニの三食丼を腹一杯食べ、湯の川温泉へ。透明なお湯の温泉でした。

その後競輪場なるものに初めて入ってみた後、函館の一番先っちょ、立待岬へ。
1kmくらい歩いて行くと、青い海が見え、向かいには下北半島がうっすら見えます。
展望台の柵もイカの模様。町中で看板もイカの形をしていたり、函館は本当にイカが好きみたい。
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立待岬を見た後は谷地頭温泉。ここは泥水のような色の温泉でなかなか良かった。

市電で街に戻り、ラッキーピエロで名物チャイニーズチキンバーガー。揚げたての唐揚げが挟まっていて、かじると湯気が立つほど。とてもおいしかった。

ようやく函館空港に行き、飛行機で帰ってきました。
離陸後にも函館の夜景が見えました。

かなり強行軍ですが、函館はとても感じが良い街でした。

実は函館に行ったのは、祖父高谷覚蔵が訪れた街だったからでもあります。
そう、微妙にルーツを辿る旅でもありました。

「------そもそも高谷覚蔵とはどこで、どうして知り合ったのですか。
一九二六年、初めて会ったのは函館でした。函館ドックの労組の委員長から、函館港にイカ釣りに誘われたんです。ご存じの通りイカ釣りというものは、光を使ってイカを集める漁法ですから、もちろん夜です。当時からソ連の漁船が函館港にはずいぶん入っていました。ソ連の技術ではとても直せないので、みな函館まで定期修理にきていたんです。キャッチャーボートで湾の中へ出たのですが、そこへソ連の船がさっと寄って来て、乗り移れというんだ。暗いから分かりませんし、当時はのんびりしたもんでした。それで船長室へ案内されて行ったら、スラリと背が高くてロシア人と間違えそうな男がいる。これが高谷だった。」田中清玄自伝
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