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日本の中世 [放送大学]

試験の2科目目は、昨日受けた「日本の中世」。
これは本当に単位落としたかも・・・。

歴史は学校であんまり好きではなくて勉強しなかったけど、実際にいろいろなところを見ると、過去とのつながりを強く感じるので、これまでも「中央アジアの歴史・社会・文化」、「地中海世界の歴史」と関連科目を履修してきました。

今学期はいよいよ日本ということで受講。

単に年代を追うということではなく、地域に着目していて、平泉、奈良、博多、福井、沖縄と映像も豊富でテレビ科目として楽しめた。

日本の歴史なんて今さら、というように思いますが、そもそもこれまであまりまじめに勉強していなかったことと、やはり近年の議論の反映と言うところがあり、新鮮味がある。

たとえば、鎌倉時代、鎌倉幕府の成立をいつにするかという議論。
1192年が鎌倉幕府の成立と覚えさせられるが、それは源頼朝が征夷大将軍に任じられた時点ということであり、実質的にはもっと早い段階とするべきではないかという話。
征夷大将軍になったから実効的支配が始まったということではなく、実効的支配が成立したために、いわば後追いとして征夷大将軍にせざるを得なかったと見ることもできる。

その後の支配体制についても、天皇がやはり中心だったとする権門体制論、いや東西で互いに干渉しない支配体制があったとする東国国家論がある。さらには、二つの王権論というものまである。
このあたり、歴史はイデオロギーとはなかなか独立できないもので、戦前の皇国史観では過度に天皇制の支配・優越を強調するきらいがあったとされる。

鎌倉時代の次の建武の新政についても、そう言った意味で美化されすぎるところがあり、この科目の教科書では、「小泉純一郎政権や中曽根康弘政権より短命」だったものが良いもののはずはないでしょう、と切り捨てられてしまったりする。

統治する主体の実体である武士の教養の話もおもしろい。
鎌倉武士は相当残酷であると同時に、漢字もろくに書けない教養がない人達だったとのこと。
その武士も、戦国時代まで行くと地方地方で文化を楽しむ人達が出てくる。
中世の間に、地方も経済的・文化的に力を付けてきたことが背景にある。
応仁の乱、戦国時代もそうした中央集権から地方分権への構造変化が背景にあるのではないか、という見方。

うーん。
勉強はおもしろかったけど、試験はまずかった。
選択式だから例によって10分くらいで終わったけど、後で答え合わせをしたら半分くらい間違っていた・・・。
単位とれなかったら、また楽しく勉強しますか。
やれやれ。
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コメント 2

konishi

日本の中世って、そのあたりのことを指すのか・・・
その辺になると、史書もあいまいになってきそうなので、解釈でかなりふれ幅があるのかもしれないですな。。。特に、武士と公家の双方から検証しないと正しい姿が想像できないかもしれん・・・(庶民は史書がないのでなんともしがたい)
by konishi (2011-01-31 12:26) 

高谷徹

中世がどこからどこまでかというのも難しいみたいですけどね。
歴史を中立に見るのがいかに難しいことかと言うことでしょうか。
by 高谷徹 (2011-02-01 01:46) 

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