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海外用キャッシュカード [日常]

ゴールデンウィークの旅行中、ラパスのATMにキャッシュカードを忘れて来てしまったので、再発行手続をしたら、新しいキャッシュカードが送られてきました。

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うーん。微妙だ・・・。

イーバンクは楽天に買収されて楽天銀行になってしまったのですが、カードはイーバンク時代のものがそのまま使えていました。イーバンクの青いカード、デザインが気に入っていたんだけどな。

ちなみにこれはVISAデビットカードというものです。
VISAのクレジットカードのように使えますが、即時口座から引き落とされますし、口座の残高以上は使えません。
そして、海外ではATMから普通に現地通貨が引き出せます。

海外旅行にどのようにしてお金を持っていくかというのは未だに難しくて、トラベラーズチェックは最近使いにくくなっているし、現金はやはり不安があります。
クレジットカードは一番レートが良いので必須ではありますが、使える店はそれなりの店に限定されるという難点があります。

そういった意味では、海外キャッシュカードのおかげでかなり便利になりました。

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ボリビア・ペルー旅行(ダイジェスト) [旅・出張]

ゴールデンウィークに少し早く入って、ボリビアとペルーを旅行してきました。

両方ともアンデス山脈の街を旅行したので標高の高いこと・・・。高山病が心配だったのですが、用心して禁酒していたので、何ともありませんでした。まあ、いちいち息苦しいんですが。

まずはボリビアの事実上の首都ラパス。標高4000m超の世界最高所の空港で南米入り。
すり鉢状の地形になっていて、真ん中の底には高層ビルが建ち、周縁の高いところに行くほど貧しい人が住んでいるというすごいヒエラルキーの都市。
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続いてウユニ塩湖。行きにくいところだが、最近飛行機便ができて、ちょっと行きやすくなった。
乾季の真っ白な大地、雨季の鏡のような水面が有名だが、乾季入りの最初と言うことで、両方楽しむことができた。
これはかなりラッキー。水面も時間と共に様子が変わる。
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夕方のほうが光の角度のせいか、きれいに水面に反射しているけど、空の色は昼のほうがきれいだった。
そう、水面もそうだが、真っ青な空とまったく動かない雲の存在がこの景色を美しくしている。

ラパス、ウユニを経て、今度は陸路でペルー入り。
陸路なんだけども、国境のチチカカ湖では一箇所湖をボートでショートカットする。
人はバスを降りてボートで渡るが、バスも後から船に乗ってやってくる。
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ペルーでは定番のマチュピチュ。
これも定番の場所からの撮影。左側の下を流れる川との落差はやはりすごい。
あと、ここらへんからゴールデンウィークに入ったこともあって、日本人激増。
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インカ帝国の首都であったクスコ。治安がどうのという話もあるが、きれいで気持ちが良い街だった。
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最後はペルーの首都リマに行って、ナスカに地上絵を見に行ってから帰ってきました。
リマの旧市街。ここも日本人が多かった。
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2週間、疲れましたが、南米はおもしろいですね。

ペルー、ボリビアというとどうしても古代、中世の遺跡に興味が集まりますが、最後のリマの国立博物館で見たペルーの歴史では、現代に入ってから、爆発した建物や死体の写真の連続。
涙を流しながら"UNION!"という文字を掲げながら歩く犠牲者の女性の写真には強い印象を受けました。

ひどい貧富の差を感じるときもしばしばありましたが、こうした歴史を経て、進んでいこうとする国の姿を見られたのも良い経験でした。
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平成23年分確定申告 [日常]

毎年確定申告をしているのですが、いつも忙しい年度末で大変です。

別に高額所得者というわけではないのですが、株式とか寄附金があるので勉強もかねてやっています。
税金の仕組みがわかっておすすめです。

しかし、今回は大変だった。
収入は・・・まあ、講演料がちょっとあったくらいで、いつも通りだったのですが、
株式関係と寄附金が本当にややこしかった。

まず株式。

これは株式・投資信託・債券といったものですが、相続したりした経緯上、
5つの証券口座があって、その時点で既にややこしい。
さらに、特定口座にすると簡単なのかな、と思って移行を試みたのですが、中途半端に終わってしまい、
一般口座と特定口座が混在することになってしまって余計ややこしくなった。
同一の銘柄で一般口座と特定口座に分かれていたりするので、計算が面倒。
何年にもわたって毎月積み立てている投資信託の平均取得額なんて全部集計するのか・・・。

そもそも、昨年の譲渡所得って、持っていた株が完全子会社になるとか、投資信託が突然償還されるとか、
やむを得ない理由で取引したものなので、マイナスです。
これが繰り越しできたりとか・・・訳がわかりません。

そして今回はまったのが寄附金。

昨年寄付する団体を見直したのですが、1つは財団法人、もう1つは認定NPO法人。
まず、財団法人は、年の途中に公益財団法人になったということで、税務上の取扱も微妙に違うとかで
領収書が分かれている。

さらに、これは知らなかったのだけど、(公益)財団法人と認定NPO法人は控除が違っていて、
公益財団法人は自治体で指定されていれば住民税からも控除されるらしい。
って東京都と武蔵野市で指定されているか調べないとわからない。
所得控除と税額控除の2つが選べて・・・とかもう本当に訳がわからない。

なんで、こんなに複雑な仕組みなんだろう。
同じように寄附なんだから、1つのルールで良いじゃん。
そもそも公益財団法人・公益社団法人と認定NPO法人が分かれているのが(略)。

金額が大きければ、計算のしがいもあるんだろうけど、みんなちょびちょびだからなあ。
一応、少し還付されることになりましたが、いまいち計算に自信がない。


本当に普通の人のお金も投資や寄附にお金を回したいのなら、変な優遇をたくさん作るのではなく、
誰でもわかる簡素な仕組みにするべき。本当に。
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平成23年度2学期 [放送大学]

今学期の成績が出ました。

日本近現代史 A○
日本政治外交史 A
北東アジアの歴史と朝鮮半島 A○

江戸時代の社会文化史 合
日本の民家 合

日本政治外交史、Aかあ。ちょっと残念。

さて、卒業までに必要な単位124単位。
修得済単位50単位、不足単位数74単位。

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日本の民家 [放送大学]

今学期の試験は終わってしまったのだけど、面接授業が1つ残っていて、この週末行ってきました。

最近建築がマイブームなので「日本の民家」という科目でしたが、正確には日本の古民家という感じでした。

民家は寺社と違って、生活する場所、日常の場所であるが故に、あまり古いものが残っていません。
さすがに江戸時代のものとなると結構ありますが、それ以前となるとわずか3軒。
室町時代のものがもっとも古い。
また、もとのまま残っていることはまれで、どんどん改築されていたりします。
意外に昔どうだったのかわからない。

お城や城下町を見ると、昔から立派な建物があったように思いますが、民家となると当然所得の差があるのでいろいろなものがあったのでしょう。

茅葺きの家がつい最近まであったように、豪農の家だったというところでも、意外に質素です。
入ると土間があって、横にある区域を3つとかの間に区切っただけとか。

馬を飼っていたり、屋根裏で蚕を飼っていたり、いずれももう日本にはない生活ですね。

そういえば、昔、母の田舎である長野の親戚の家に行くと、台所が土間の家などがまだ残っていました。
そういした家はもうなくなってしまいました。
最近のマンションは畳の部屋さえない時代です。

それにしても、建築は専門用語が多くて難しいですね。

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日本近現代史 [放送大学]

さて、3科目目は日本近現代史。
日本政治外交史と一緒に履修したので、同じ時期を違う面から勉強できたし、効率も良かった。

これもまた最初からおもしろかった。

・ペリーの日本来航の意味は何か。実は世界の交通システムの革命。だから、イギリスのタイムスも逐一放送していたらしい。太平洋航路の完成によって、地球を一周する交通システムが完成した。その少し前にアメリカはメキシコとの戦争で西海岸を獲得して太平洋に達している。

・日本は植民地化される危険があったのか?これはなかったという見方。不平等条約を結ばされた、ということだが、曲がりなりにも条約を結ぶと言うことは主権を持つ統治機構を認めると言うことであって、そうであれば当時のルールでも植民地化することはできなかった。もっとも、植民地という言葉自体も曖昧だけど。

・戦前の選挙。政党政治が行われたというと聞こえが良いが、買収が横行。これでは行けないと言うことで選挙粛正運動が行われたが、それが情勢の変化から翼賛選挙につながっていく。でも、大政翼賛会というと戦時一色という感じがするけども、推薦者の当選は全体の82%で、投票率も83%。非推薦候補も当選しているし、投票率も100%にすることができなかった。

・映画。これは日本人の大変な娯楽で、1940年時点で、1人あたり1年に平均14回も映画を見ていた。戦後はGHQの統制があったが、戦前の検閲では通らなかった「接吻映画」が現れ、衝撃を与えた。
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日本政治外交史 [放送大学]

先週は放送大学の今学期の試験3科目集中日でしたが、2科目目は日本政治外交史。
論述で持ち込みなし、結構難しいかと緊張していましたが、結構書きやすいテーマで何とかなりました。多分。

この科目は明治憲法制定から小泉政権までの近現代を扱うものですが、歴史をなぞるのではなく、それぞれの政治家に焦点を当てて論じていく形式。人の名前を覚えられない私としてはちょっとそこが厳しいところ。

でも、明治憲法制定から日清戦争、日露戦争、太平洋戦争、戦後の体制作り、高度成長と流れていく歴史は、その前の歴史より身近に感じられます。

おもしろかったところを何点か。

・明治維新が起こってから、すぐに大日本帝国憲法が制定され、帝国議会も設けられたように思っていたが、実際には議会を開設するまでずっと藩閥政治という何だかよくわからない政治体制が続いていた。

・大日本帝国憲法では、現在の憲法のように議院内閣制ではないので、総理大臣をどうやって決めるか明確ではなく、元老が話し合って決めたり、何だかわからない決まり方をしていた。結局議会と話がつかないと進まないので政党政治が行われるようになった。何となく今の政治状況をイメージする。

・天皇。明治天皇は京都に愛着を持っていたようだが、昭和天皇は東京人。戦前は宮城から出ることもなかったが、戦後行幸するようになった。今のように植樹祭に出たりする象徴天皇のスタイルは、昭和天皇が確立した。そもそも何をするかなんて決まっていなかったのだから。

・司法。大日本帝国憲法では司法は司法省のもとにあった。戦後は三権の一つとして独立したが、立法や行政と違って独立した地位を固めるのは簡単ではなく、最初は裁判官の政治活動なんかがかなり問題になったこともあった。あと、天皇陛下が最高裁判所を訪問するというのが象徴的なマイルストーンになっているのが興味深い。

・地方自治。昔は都道府県知事って内務省の役人がやっていた。市長、町村長は選挙。なので、都道府県知事のほうが市長より平均年齢が若く、都道府県知事をやってから、市長選に出るというのが1つのパターンだったらしい。今もあるけど。
あと、市長と衆議院議員、都道府県知事と貴族院議員は兼職が可能だった。
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北東アジアの歴史と朝鮮半島 [放送大学]

週末に今学期の放送大学の試験、3科目が終わりました。
二学期は仕事でばたばたするので、週末が試験の科目を選んだのは良いけど、1日に三科目はちょっと大変でした。
それも、前回あんなに反省したのに、また歴史ばかりにしてしまった。

最初の試験は、「北東アジアの歴史と朝鮮半島」で、これだけはマークシートの選択式で、例によって10問しかなかったので、時間的にはすぐに終わって退席できた。

さて、この科目は朝鮮半島の歴史ですが、名前の通り、北東アジア、具体的には中国、そして日本の歴史との関係を意識しながら説明になっています。
になる時代、そして日本に併合、戦後は南北に分割ということになるので、そんなにややこしいものではありません。

簡単に言えば、高句麗、新羅、百済が鼎立する古代、新羅が統一する時代、それに高麗が取って代わる時代、さらに朝鮮日本と朝鮮半島は同じように中国という超大国の周縁に位置しながら、歴史は随分と違いを感じます。

日本の歴史、中国の歴史をある程度勉強してから履修しましたが、これは正解だった。
いつも中国からの圧力に脅かされているというところや、その中国との関係によって、日本との関係が強まったり弱まったりするというのは、なんだかんだ言って海に囲まれていて孤立していた日本とは感覚が違います。

よく北朝鮮の外交を振り子外交なんて言いますが、過去の歴史のこうした事大主義、パワーバランスを見てみると、昔からそういうもんなんだなあ、と納得したりします。

改めて日中韓の歴史を勉強すると、列強との関係でどうしてこんなに違いがあるのかは本当に不思議です。
開国に至る経緯にしても、どの国も攘夷派のような意見もあれば、開国派のような意見もあります。
中国や朝鮮では、開国派の試みは頓挫してしまいます。
日本はうまくいった。違いは何なんだろうということです。

さあ、次は韓国旅行しないといけないな。


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南三陸町 [旅・出張]

ばたばたしていましたが、何とか冬休みに入り、今年最後の旅行として宮城県南三陸町に行ってきました。
東北にはどうしても年内に行って、自分の目で見ておきたいと思っていたので、1泊2日ですが、行けてとても良かった。

どこに行こうかと考えたのですが、ウェブを見ているうちに、南三陸町のホテルは通常営業していることを発見。
年末なのにかなり急に行き先を決めたので、新幹線はかなり満席。
行きの仙台まではやまびこ、しかもグリーン車。
いちいち駅に止まるし、そこで通過待ちになります。

仙台駅からは無料の送迎バスでホテルへ。

今回利用したのは「南三陸ホテル観洋」というホテルで、町から少し離れた眺めの良いところにありますが、
結構客室数が多い大型ホテルです。夕食付きのプランで豪勢に行きました。
http://www.mkanyo.jp/

ホテル自体が海に張り出すようにあるのですが、客室もすべて海に面していて、太平洋が望めます。
私たちが泊まった部屋からは、南三陸町の志津川の町が見えます。
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一見普通の町のようですが、海の近くに大きながれきの山が見えます。
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午後に到着して、まだ日没には時間があったので、ホテルの近くの集落を歩いて見ました。
何事もなかったように静かな冬でしたが、壊れた工場があり、小さな港まで行くと、
木に網らしきものがかかったままでした。被害はあったものの、かなり整理がされているようです。
あと、なぜか、「P.R.CHINA」と書かれた中国のテントらしきものが所々にありました。
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ホテルに戻り、海を臨む露天風呂。ちょっと雨がぱらつく天気で、星が見えなかったのが残念。
誰のせいでしょう。

その次は、夕食でスパーク。
鮑の踊り焼きとウニがメインなのですが、他にもカニやら刺身やら、茶碗蒸しに炊き込みご飯と相当な量がありました。
全部食べたけど。

最初はビールを頼んだのですが、刺身を見た途端に日本酒を頼みました。
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鮑。これまでも食べたことはありますし、金沢でも踊り焼きを食べた気がしますが、おいしかった。
よく刺身で出てくると、こりこりと固いですが、焼くととても柔らかい。
バターとレモンをかけて食べるのがまたおいしいのですが、身の下に肝があって、ちょっと苦みがあるやつを
日本酒を飲みながら食べるのはたまらないですね。
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最後はデザートまで。結構大食いな方ですが、かなりお腹いっぱいになりましたし、べろんべろんに酔っぱらってしまい、
部屋に戻って少し飲んだもののすぐに寝てしまいました。
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翌朝は早起きして、露天風呂で日の出を見ようと試みましたが、水平線附近が曇っていてよく見えない。
でも、風呂を上がってから少しの間、雲が移動し、きれいな朝日が見られました。
その後はまた雪がぱらつく天気になってしまったので、良いタイミングでした。
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朝食後は、チェックアウトして、自転車を借りて、町まで行ってみましたが、すごかった。
震災から9か月以上経ち、随分と片付けられています。がれきも種類別に積み上げられています。
でも、残った建物は無残に壊れていて、ゴーストタウンのようです。

海に近い病院は、特に低層階の窓が破れ、鉄筋部分、コンクリート部分も壊れている部分があります。
多くの人が亡くなったのでしょう、入口には小さな台が置かれ、花やいろいろなお供え物がされていました。
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有名になってしまった防災対策庁舎もありました。今は無残な鉄骨しか残っていません。
ここでもたくさんの方が亡くなったようです。この庁舎で避難を呼びかけ続けた町職員の遠藤未希さんも亡くなりました。
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110503/dst11050300110000-n1.htm
入口にはやはり台が置かれ、花や折り紙の鶴などが備えられていました。
今でもたびたび足を運んでいる人がいるのでしょう、新しいものも目につきます。
5月に飾ったと思われる鯉のぼりがあったり、「おかあさん、ありがとう」といったメッセージがあり、胸をつかれました。
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町の奥には気仙沼線の志津川駅がありました。
駅舎は流されてしまい、今はホームしかありません。線路も撤去されてしまっています。
再建を諦めて、バス路線にするという話も出ているようです。
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ここから町を一望できますが、まるで町全体が工事現場のようです。
典型的なリアス海岸の地形だと思いますが、町があった平地は狭いものの極めて平坦で高低差がなく、
津波が一気に洗ってしまったのでしょう。
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さて、ホテルに戻ってからは、昼食にイクラ丼を食べました。
ごはんになかなかたどり着けないほど、イクラが大量に載っていて最高でした。
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お昼にホテルを出て、帰りは鉄道で。
気仙沼線で運行されている駅の柳津まで行き、仙台まで行って新幹線で帰りました。
乗り換えた仙台駅で、震災関連の本を買い、車内で読みました。

「南三陸から2011.3.11~2011.9.11」


南三陸から 2011.3.11~2011.9.11

南三陸から 2011.3.11~2011.9.11

  • 作者: 佐藤 信一(写真)
  • 出版社/メーカー: 日本文芸社
  • 発売日: 2011/09/23
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



震災の写真も、私が見たよりも生々しく、現在はかなり片付けられていることが分かります。
そして、何より、震災前の美しい町の写真が印象に残りました。この風景はもう見ることができません。
人々、特に子どもの明るい表情が救いです。

短い旅行でしたが、今年の最後にふさわしい、充実したものでした。
これを機会に、南三陸町の今後を見ていきたいです。
また違う季節に訪れてみたいです。

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ウズベキスタンの桜 [日常]

中山恭子「ウズベキスタンの桜」を読み終わった。


ウズベキスタンの桜

ウズベキスタンの桜

  • 作者: 中山 恭子
  • 出版社/メーカー: KTC中央出版
  • 発売日: 2005/11
  • メディア: 単行本



海外旅行の話をしていると、よく「行った中でどこが一番良かった?」という質問をされて、いつもどう答えて良いか分からずにもごもごとしてしまうのですが、ウズベキスタンは候補の1つ。

この本はウズベキスタン大使となった中山恭子さんの滞在記、という形式をとっていて、そうした部分はもちろんあるのだけども、豊富な写真でウズベキスタンの経済、文化を解説して、まるでウズベキスタンの紹介本のようになっている。
任地へのひいきというのもあるのだとは思いますが、ウズベキスタン大絶賛という感じ。
独裁者との批判もあるカリモフ大統領は良い人として紹介され、民営化が遅れている経済政策も斬新主義として評価している。

行ったこともあるし勉強もしていたので知っていることも多かったけども、読んでいたらまたウズベキスタンに行きたくなってきた。中山さんもウズベキスタン人に対して高い評価を与えているけども、私も実際に行ってみて、エキゾチックな民族衣装や世界遺産の遺跡だけではなく、人々に強い印象を受けた。

経済的には明らかに貧しい国なのに、なんだか親切で素朴なんですよね。

たまたま通りがかった日本人を大歓迎して賑やかに一緒に写真をとったおばちゃんとか、言葉も通じないのにお茶をしているところに招き入れてくれたおじさん達、明るく好奇心いっぱいの若者達や、きらきらと目を輝かせながらくっついて歩いてきた小さな女の子とか、みんなどうしているのかな。

ウズベキスタンの人は家族を大事にする人達で、話し始めるとすぐに家族について聞いてくる。
スザニを売っているおばさんとも、同い年だねえ、なんて良いながらずいぶん話したな。
独身だと話すと、今度はここに、結婚して子どもを連れて来るのよ、と言われた。いや、簡単じゃないんだってば。

さて、本について言えば、日本人墓地の話が印象的だった。
ソ連の抑留によってウズベキスタンでも多くの日本人が連行され、命を落としたのですが、勤勉な日本人の働きぶりを現地の人はよく覚えていてくれて、荒れ果てた日本人墓地を整備しようという話が持ち上がったとき、ウズベキスタン側が積極的に整備してくれたとのこと。

抑留者が建設したナヴァイー劇場は、地震でも倒壊しなかった、日本人が造った建物として現地の人にも知られているそうです。
http://www.takayas.jp/travel/countries/uzbekistan/uzbekistan_399.jpg

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