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松本と犬山(国宝五天守の旅) [旅・出張]

年度も開けたので、ゴールデンウィークを控えてはいるものの、ちょこっと車で二泊三日の国内旅行をしてきました。

■松本

初日は松本へ。
ゆっくり寝てから起き、洗濯をして、2km泳ぎ、洗車給油してから出発したので、松本に到着したのは夜。
ちょうど夜桜を見るために松本城内を開放していたので、見てきました。
東京より少し遅く、ちょうど満開です。(とわかってて行ったのですが)

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しゃれたバーで少し飲んでから一泊、翌日は再び松本城。
青い空と雪を抱いた山の組み合わせという背景が素晴らしい。
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つまり、珍しく晴れていました。

なぜか松本は外国人観光客、それも欧米系の観光客が目立ちます。

旧開智学校、なわて商店街、中町商店街を見てから岐阜へ。


■岐阜

岐阜に着いたのは夕方の日没前。
何度か来ているので車でしか行けないところと言うことで、金華山展望所まで。
ここ、かなり良いところですが、公共交通機関がなく、車でしか行けないので他の夜景の名所ほど有名ではないのかも。
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岐阜の夜の町はなかなか興味深いですが、今回は夕食の小料理屋でかなり満足したので、早めに上がり。
駅前から商店街がありますが、夜は全く人通りがありません。
かといって寂れているかと思うと、しゃれた店がぽつぽつあったりします。
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■犬山

最終日は岐阜から犬山へ。

実は、犬山城を見て、国宝となっている五つの天守(松本城、犬山城、彦根城、姫路城、松江城)をすべて見たことになります。
最後に見るのにふさわしい、これまた絵になる城でした。
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ただ、基地が近いせいか、ひっきりなしに轟音と共に戦闘機が飛んでいきます。

門前町もさっと見て、これまた車でないと行きにくい、博物館明治村へ。
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ここは古い日本の建物を60以上移築しているところで、素晴らしいところですね。
レストランはもちろん、それらしい市電、SL、バスも走っていて、おそらく一日いても飽きないです。
普通は観光に行ってもこうした建物はたいてい町の中にぽつんと1つ2つあるだけですが、ここは際限なくありますし、中にも興味深い展示がされています。
小金井公園にある江戸東京たてもの園よりずっと大きいです。

いつまでも見ていたい・・・ところですが、時間はもちろん、いつもように雨が降ってきた。
靴下まで濡れてしまい、帰路へ。
高速道路も、前がよく見えないほどの豪雨でした。

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まだ行っていない松本城、犬山城に行って、国宝五天守を制覇するのが主目的ではありましたが、この時期の国内を走り、こんなにも桜がいろいろなところに咲いているのにびっくりでした。
また、桜が終わっているところも新緑が素晴らしい。
この時期の国内旅行も味を占めてしまいそうです。
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新車レヴォーグの修理と代車のノート [車]

昨年買った車(レヴォーグ)が火災の恐れがあるのでリコールになって、まじかーと思っていたら、さらに駐車場で隣の車のドアの開閉時にぶつけられて入院となりました。
新車なのに。

リコール自体はソフトウェアの書き換えで、30分くらいで終わるとのことでしたが、へこんだ傷は時間がかかると言うことで、代車を貸してもらいました。
日産のノートというコンパクトカーです。
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普段いろいろな車に乗ったことがないので、これはこれで興味津々でした。

国内旅行でレンタカーを借りることはあって、たいていコンパクトカーになります。
そのたびに思いますが、こうした車ってよく出来ています。
コンパクトというから小さいかと思うと、中は結構広々としていて、軽自動車のような窮屈感はありません。
その割に短く、ハンドルも切れるのですいすいと運転できて、上手になったみたいです。

都市に住んでいるので車はレジャー用ですが、もし地方に住んでいて、普段使いするのであればこういう車にするのだろうな、と思います。
値段も安く、ガソリンも全然減らないですし、道具としては必要十分。

性能が良い車を作るのも楽しいでしょうが、予算や大きさの制約がある中で製品を作っていくのもエンジニアにとってはやりがいがある仕事だろうな、と思います。




で、修理も終わったという連絡があり、ノートを返し、レヴォーグを受け取ってきました。

こんな傷がついて、少しへこんでいたのに、
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こんなにきれいになって戻ってきました。
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へこみを直して塗り直しただけでなく、コーティングもやり直し、さらには車内も清掃されて返ってきたので、何だか微妙に焼け太りな気もします。
今回はぶつけた側の保険で負担してもらったので修理となりましたが、費用は約15万円とのこと。
自分で負担するなら、直すか微妙ですね。

車を乗り換えてみると、かなり感覚が違います。

まず、着座姿勢がノートは椅子に座るような感じですが、レヴォーグはもっと低い位置に膝を伸ばして座る感じで、ハンドルの位置と視野も違う感じです。

また、走り始めると、ノートよりずっと重いものを動かしている感じがします。
ハンドルも重いし。
もっさりしているというのとも違うのですが。

エンジン音は同じくらい聞こえる気がしますが、ノートのトラクターのようなガタガタというかバリバリという音に比べると低いので耳障りではありません。

そして、着座位置と共に全然違うのがスピード感覚で、ノートだと40km/h、60km/hと速度を上げていくとそれを意識するのですが、レヴォーグだと60km/hでも100km/hでもあんまり感覚が変わらず、何度も何度もスピードメーターを見ながら運転していることに気がつきました。

車なんて工業製品として完成しているように思いますが、こんなに作り方によって違う感じになるんですね。
そしてその違いが良いか悪いかもなんとも言えないところもあり、難しいところです。
慣れてしまえばなんともない気もしますし。

車を受け取った勢いで、天気も良いので、山中湖まで行ってきました。
天気は良いものの、今日は空が霞んでいて、富士山もあまりよく見えませんでした。

気温は都心よりずっと低く、寒いくらいでしたが、もう釣りをしている人がいました。
年度が開けたら釣りに行きたいな。
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しかしこの車、まっすぐ駐まらないな。
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これぞ暁斎 [芸術]

Bunkamuraの「これぞ暁斎!」を見てきました。

河鍋暁斎については、画鬼・暁斎—KYOSAI 幕末明治のスター絵師と弟子コンドルでも見てきましたが、今回はイスラエル・ゴールドマン氏の所蔵展だそうです。

題材の自由さ、画風の幅広さは相変わらずですが、赤や緑が画面を覆い尽くすような画が多く、見ていてチカチカしてきました。
まあ、この時代の浮世絵はそういうものが多い気がしますが。

絵がうまいことは確かなんですけどね。

休日と言うこともあり、結構な人出でした。



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平成28年度2学期(16学期目) [放送大学]

今学期の成績が出ました。

[放送授業]
『古事記』と『万葉集』         A○
東アジアの政治社会と国際関係  A
海から見た産業と日本        A○



[面接授業]
神社・神道の基礎知識    合
西洋の修道院:美術と歴史 合

入学してから16学期(8年)。

卒業までに必要な単位124単位のうち、
修得済単位122単位、不足単位数2単位。

いよいよゴール間近。
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川越 [旅・出張]

この時期はまとまった時間がなかなかとれないので、おそらく家から一番近い重要伝統的建造物保存地区である川越に行ってみました。

小江戸小江戸って言い過ぎだよな、と思っていましたが、各地の重伝建と比較してもきれいに街並みが残っている方ですね。
電線も地中化されていてきれいなものの、自動車の交通量が多く、歩きにくいのが残念。
近くにバイパスを作って歩行者天国にでも出来れば良いのですが。
土産物屋も多く、休憩できるしゃれた喫茶店も多いです。
地方の重伝建だと、今も使われているかわりに、全く休めるところがないところもあります。

海外からの観光客も多く賑わっていて、街並みを生かした観光策としては大成功ではないでしょうか。都心から近いことが有利だとしても。

ただ、良くも悪くも観光地になりすぎていて、個人的にはもう少し歴史的な解説や見学が出来ると良いのにな、というところでした。

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「古事記」と「万葉集」 [放送大学]

最後の試験科目は「古事記」と「万葉集」。

(前の)大学生のときに暇に任せて古事記の全訳を読んだこともあり、好きなテーマの一つです。
聖書の福音書と並んで面白いと思うのですが、どうでしょうか。

古事記と日本書紀は何が違うのか、というのは学校で習ってもよくわかりませんでしたが、古事記は宮廷史をまとめた内的な文書であり、日本書紀は中国も含めた外部に対する公的な歴史書だったというのがこの教科書での解釈です。

言われてみれば当たり前ですが、日本語を漢字で表記することは容易ではありません。
漢字は中国語の発音、意味と密に対応していて、日本語の表記に活用しようとすると、音をあてるか、意味をあてるかのどちらかしかできません。
日本書紀は対外的な公的文書なので、意味、つまり漢文で書かれていますが、古事記は音と意味が併用されています。
神の名前はもちろん、口承もあるため、漢文だけでは表記できなかったということのようです。

内容自体の解釈は、現代の日本人の感性とも異なるので、いろいろな説を見るだけで、文化人類学的な興味も尽きません。
読む都合上、天皇の系図も見ますが、女性天皇もいるし、大兄制度、兄弟相承、末子相続などが入り交じっていてめちゃくちゃです。
少なくとも、現代の天皇制の男子、長子の相続とは全く異なっていることがわかります。


そして万葉集。
こちらは全く前提知識がないので、少し難しかったです。
古事記と同一の世界観を共有しているということで一つの科目となっていますが、短歌だけではなく長歌や旋頭歌も多いので、読んでいても意味がよくわからないです。

ただ、今での新聞に載っているような短歌と、当時の短歌は異なるということはわかりました。

当時の短歌は寄物陳思歌と呼ばれるものが主体です。
これは、上の句で何らかの事物について述べ、下の句でそれの心情を読むというものです。
例えば、こんな感じです。

 道の辺の壱師の花のいちしろく
 人皆知りぬ我が恋妻を

こうした構造は、何らかの現象が起き、そこから神の意志を読み取るという、古代の占いのような考え方を反映しているようです。

また、歌のやりとりは東南アジアに見られる歌垣との共通性も指摘されていて、歌によって相手を屈服させるというやりとりは、今のラップにも通じていて、面白いですね。
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海からみた産業と日本 [放送大学]

地味な科目名称ですが、たまたまラジオで聞いていて面白かったので履修した科目。

海運業、港湾、国際物流、海事管理から多面的に日本を見る総合科目です。

国内を旅行していても海や港町は好きですが、物流となるとあまり縁がなく、新鮮でした。
独特の用語が多くて苦戦しますが。

現代の日本はエネルギーも食料も輸入なしには得られず、国自体が輸出入に依存しています。
そして、輸出入は重量ベースで、なんと99.7%が海運だそうです。金額ベースでも76.7%。

国内輸送でも、内航は自動車に次ぐ輸送量(トンキロ)となっています。
自動車の貨物輸送量は2010年くらいから落ちているので、ほぼ同じくらいの水準。

第2次世界大戦で打撃を受けた日本の海運業、復活して、船腹量ではギリシャに次いで第2位になっています。
というか、ギリシャが1位というのも知りませんでした。

日本の近代港湾についてみると、明治維新後、内湾での港湾整備は進みましたが、外洋に面した港湾建設は苦戦。
仙台と石巻の間の野蒜港開発も1878年に開始しましたが、1884年の台風直撃で防波堤が被害を受けて断念。
港湾建設も簡単ではないことがわかります。

外洋からの波浪に対抗する防波堤に成功したのが小樽港。
廣井勇(ひろいいさむ)博士がコンクリートの開発から執念を持って取り組み、日本発のコンクリート造りの防波堤は今でも小樽港を守っているそうです。

港湾でのコンテナのオペレーションも知らない世界で面白いです。
上海とか海外旅行していて巨大な港湾を見ることがありますが、実際に中を見てみたいものです。
でも、これはなかなか入れない世界ですよね。見学とかないんでしょうか。

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東アジアの政治社会と国際関係 [放送大学]

放送大学、前の学期は科目履修登録を忘れて試験がなかったので、一年ぶりの科目認定試験です。

今回最初の科目は東アジアの近現代史とも言うもので、太平洋戦争終了からの、中国、台湾、香港・マカオ、朝鮮半島の歴史を俯瞰し、現在の状況を考えるというものです。

かつては理系だったこともあり、高校での日本の近現代の勉強も怪しく、未だに苦手意識があるので、こうした俯瞰的な勉強は新鮮です。
日本以外の中国や朝鮮半島も、個別の歴史は触れたこともありますが、相互関係を見ることが全体的な理解につながると改めて思います。

例えば、中国の歴史でも、日清戦争の後、大正デモクラシーの時代には多くの中国人留学生(ピーク時には8000人)が日本で学び、清朝後の重要人物を輩出しています。

中国の歴史は、古くから始めると近現代はどうしても薄くなってしまいますが、中華人民共和国の歴史に特化すると、成立期、調整期、文化大革命期、改革・解放前期、改革・解放後期となかなか深いものがあります。
そもそも成立時は、中国共産党の一党独裁ではなく、様々な政治集団の連合政府でした。

その後の共産党中心への転換、文化大革命、改革開放の流れ、鄧小平の浮き沈みも面白いです。
私が生まれた1969年って、まだ日中国交正常化もされていなかったし、そもそも文化大革命の真っ最中だったんですね。
そして、国連の常任理事国も中華人民共和国ではなく、台湾の中華民国でした。ぼんやりと江青女史のニュースを見た覚えがありますし、学校の社会では人民公社を習いました。

子供の頃って、韓国も台湾も独裁国家でしたし、金大中氏の拉致事件のニュースも見た覚えがあります。
かすかに記憶にあるニュースと、物心ついてから学んだ現代史がつながっていくのも興味深かったです。

今も東アジアは安全保障上の問題もあり、安定しているとは言い難いですが、昔の方が良かったかというと、そう簡単でもないのだと思います。

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天草旅行 [旅・出張]

毎年恒例、1月の連休の旅行は天草に行ってきました。

天草は120もの島からなり、現在は熊本県に属していますが、長崎県、鹿児島県にも面していています。
今でこそ「離島」ということになりますが、かつて舟運が主体だった時代にはむしろ交通の便の良いところだったのでしょう。
主要な島である下島(しもしま)、上島(かみしま)、大矢野島、そして本土側の宇土半島も含めて川のような水路で離れているくらいなので、橋で接続されており、半島のような交通路になっています。
全体的に山がちで平野は少なく、海岸沿いにいくつかの街があります。

東京から行くのにはそれなりに時間がかかり、観光に割けるのはほぼ一日。今回は一番離れた下島を中心に反時計回りに回ってみました。


■本渡(ほんど)

昼頃に家を出発して、羽田空港から福岡空港へ。
ここから往路は天草エアラインを利用してみました。

天草エアラインは「みぞか号」1機しかない小さな航空会社ですが、手作りの機内誌を作ったり、頑張っています。
あいにくの天気で景色は楽しめなかったものの、夕暮れの天草空港に到着。
いつものように雨が降っていて、リムジンバスで本渡へ。

本渡は下島最大の都市で、コンビニやファストフードもあり、寂れているもののアーケード商店街もあります。

二日目に歴史民俗資料館、天草キリシタン館、明徳寺を見て、三日目は祇園橋と本渡諏訪神社を見学。

天草の歴史となると、やはりキリシタンによる島原・天草の乱と、その後の鈴木氏の統治の話が中心になります。いろいろな博物館がありますが、内容はほぼ同じになっている印象です。

早い段階からキリスト教化が進んでいた島でキリスト教を弾圧したため、という宗教上の理由だけではなく、耕地が限られているにもかかわらず高い年貢を課されていて、凶作が続いたことが理由として挙げられています。
ただし、反乱側は最終的に1人を除いて全員死亡という悲惨な結果となったこともあり、なぜ、何を目指して反乱を起こしたのかはよくわからない印象です。

37000人もの人が亡くなってしまったために地域社会のダメージは大きく、その後天領になった天草に代官となった鈴木重成は年貢の半減を幕府に求め、その兄で曹洞宗の鈴木正三は仏教でこの地を支えようとしました。その子の鈴木重辰も含めた3人はとても尊敬されていて、鈴木神社という神社もあるそうです。

本土にある明徳寺も曹洞宗のお寺。
石段には十字架が刻んであり、そこを踏んでいくようになっているとのことでしたが、見てもよくわかりませんでした。
階段の右にある像、明らかに外人顔ですね。
境内の慈母観音もマリア像のようでした。

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■苓北町(れいほくまち)

天草下島はほとんど天草市ですが、北西部分は苓北町になっています。
ここに飛び出したよう半島があり、富岡城の跡があります。

ここは島原・天草の乱の際に激戦地となり、勃発後勢いを増す反乱軍が攻めますが、落とすことが出来ませんでした。
そのことが、反乱の潮目の変わり目になったようです。

現在の建物は復元のようですが、海の眺めは美しく、自然に作り上げられた砂嘴が見えます。

この辺りは昔は石炭がとれたそうで、現在では巨大な火力発電所がありました。

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■大江、崎津

下島の西部は断崖絶壁が海に臨むような厳しい地形で、夕陽で有名。

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その間に小さな集落があります。
大江は山の中、崎津は海沿いの小さな集落ですが、そこに教会が建っています。

教会の建物自体は正直なところそれ程でもないように思いましたが、小さな日本的な集落に教会が建っているのは不思議な光景ではあります。特に崎津なんて、本当に小さな集落です。

島原・天草の乱以降はますますキリスト教の弾圧は厳しくなり、毎年踏み絵を踏ませたりしていたようです。
それでもこの辺りには隠れキリシタンが残り、300年も信仰を守ってきました。
その間にオラショと呼ばれる祈りの言葉はラテン語も意味不明のものになるなど、変化していきました。
明治になってキリスト教の禁令が説かれたとき、崎津はカトリックに復帰しましたが、隣の集落の今富は自分たちの信仰を続ける選択をしたそうです。

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■牛深(うしぶか)

下島の一番南西にあるのが牛深。
ハイヤ大橋という巨大な橋があります。これは関空を手がけたレンゾ・ピアノが設計したとのこと。
遊郭の跡地など見てみたかったのですが、時間が遅くて断念。
おみやげに「ばくだん」などのかまぼこを買って、本渡に戻りました。

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■大矢野島

最後の日、帰りは熊本までバスで戻ることにして、大矢野島の天草四郎メモリアルホールをちょっと見て帰ってきました。

途中、一号橋を新設している工事が見えました。
現在の橋の隣にアーチの橋を架けているようです。

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合掌造りと高岡 [旅・出張]

2016年の年末は、岐阜と富山に行ってきました。
7月に買った新車で、泊まりがけの旅行は初めてです。

■岐阜

以前に岐阜に行ったのは30年近く前、学生時代に青春18切符で。
その時は、何だか寂れている印象を受けました。

久し振りの岐阜は路面電車こそなくなったものの、JR、名鉄の駅の周辺は若者も多く、おしゃれな店が並んで賑わっています。
が、柳ヶ瀬に行くとイメージ通りの?地方の繁華街。
渋いバーテンダーがいる小さなバーで飲みました。


■合掌造り・白川郷

二日目は白川郷へ。
以前この辺りに来たときは、東海北陸自動車道は郡上八幡くらいまでしかなかったと思いますが、現在は北陸まで全線開通しています。

世界遺産の白川郷も白川郷ICからすぐです。
が、集落に入る辺りから各地のナンバーの車で渋滞。駐車場が満車で入れ替わりで入れています。


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ようやく車を駐め、橋を渡ると荻町集落。アジア中心の海外観光客も多く、テーマパークのよう。

ただ、合掌造りは期待以上に楽しめました。
生活をしている集落なので、入れる家は3~4軒ですが、かなり巨大。
5階まであるものもあり、住居というより、マンションのよう。
釘をほとんど使わない、と言われますが、まずその巨大な建築を可能とした技術に驚きです。

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どの家も構造は似ていて、基本的に住居は1階となっています。
囲炉裏が必ずあり、居間の他に立派な客間や仏間があります。
客間は欄間の彫刻も施され、違い棚、床の間というフル装備。
仏間には「報恩講」という見慣れない言葉の説明が。
これは現地では「ほんこさま」と言われており、浄土真宗の行事のようで、冬にごちそうを食べたりするそうです。
そのための立派な食器も残されており、今でもやっていると後に訪ねた相倉集落の人も言っていました。
この辺りは浄土真宗が信仰されていたようですね。
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中二階には独身者・使用人の部屋がありますが、巨大な屋根裏の2階以上は作業場となっており、養蚕、紙すき、硝石の製造が行われていました。
現在公開されている家屋では博物館のように昔の農機具などの展示場所になっています。
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養蚕を行うというのは東日本中心に江戸以降の日本で普通に見られたことですが、合掌造りという特異な建築が生まれたのは、雪深いために急傾斜の屋根が必要となったこと、山間で農耕地を最大限確保するために屋根裏を活用したことがあります。
1階の囲炉裏の上部は格子の吹き抜けになっており、暖気が上階にも流れるようになっています。逆に言うと暖房効率が悪そうですが。

硝石造りというのも興味深く、床下に蚕の糞、そして人の尿を重ねていって、原料としたそうです。

今でこそ高速道路で行けますが、厳しい山間の生活、生きていくためにいろいろな工夫をしたことがうかがえます。
その一方で、行事のための衣服や食器は割と贅沢なものが残っていたりします。
しかし、戦後経済が発展する中で、医者もいない山村は取り残され、廃村になったりする事例もあったようです。
だからこそ古い家屋が残ったとも言えるし、そして世界遺産になったからこそ、今に残っているというのは幸運としか言い様がありません。

来るときに降っていた雪が上がったので、展望台に上ってみました。
白川郷荻町集落の合掌造りの特徴は、切妻の屋根の向きが揃っていることで、そのことがこの美しい景観を作っています。
谷の流れる向きに揃っていますね。
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■高岡

2泊目は高岡、富山県第二の都市。
都道府県所在地はほぼ行ってしまったので、最近は第二の都市に注目です。

着いた晩には寒ブリ、平目、香箱ガニを食べ、翌朝から市内巡り。
万葉線というしゃれた名前の路面電車が走っています。

まずは瑞龍寺。曹洞宗の寺というのが北陸っぽい。
一直線に並んだ山門、仏殿、法堂が国宝になっていて、その他の建物も重要文化財です。
伽藍の配置は永平寺や萬福寺に似ています。
禅の寺らしく派手さはありませんが、よく見てみると欄間の彫刻や、釘隠しが凝っていたり、襖の模様と引手のデザインが統一されたり、いい感じです。
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駅の反対側に行って、日本三大仏の一つという高岡大仏を見てから、高岡の二つの重要伝統的建造物保存地区の街並みへ。

一つ目は山町筋(さんちょうすじ)。
歩いていて、どこかよくわからなかったほど、交通量が多い車道で、ぽつりぽつりと土蔵造りの建物がありますが、景観をぶちこわすような建物もあって、台無しです。
黒っぽい古い街並みに、白いビルが建っているのは他でも見ますが、所有者の意図は謎です。
電線は地中化され、電灯もデザインされていますが、歩いて楽しいというには到らない感じです。残念。

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一方、川を渡っていったところにある金屋町(かなやまち)は、石畳になっていて、ずっといい感じです。
高岡は鋳造の街で、高岡銅器は国内でも圧倒的なシェアを誇ります。
住居だけではなく、銅器の会社と思われる家も多く、見ていると金森など金属系?の名字が多くあります。
江戸時代の勅許鋳物師の系統のようですね。
古い家々の前に鋳造された像が一つ一つ置かれているのもしゃれています。
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五箇山へ行く途中で雨晴海岸(あまはらしかいがん)からの景色。
高岡は藤子不二雄の出身地としても知られていて、列車もそれにちなんでいます。
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■五箇山の菅沼集落、相倉集落

世界遺産の合掌造りというと岐阜県の白川郷(荻町集落)が有名ですが、実は五箇山の菅沼集落、相倉集落のあわせて三つで世界遺産です。
帰り道に残り二つも訪問。

高速道路のIC一つ離れただけですが、観光客はずっと少なくなります。

菅沼集落は9軒ほどの合掌造りがある小さな集落。
建物は土産物屋やレストランになっていて、観光地化された印象。

白川郷と五箇山の合掌造りは似ていますが、白川郷の合掌造りは平入りであるのに対して、なぜか五箇山は妻入りです。
また、白川郷と違って、五箇山の合掌造りの向きはまちまちです。
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さらに20分ほど車で走ると相倉(あいのくら)集落。
ここは菅沼集落よりは大きい。
開いている相倉民俗館、相倉伝統産業館を見ましたが、人が少なく丁寧に説明してくれて幸運でした。
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3つの村どこでも、家の前に「放水銃」なるものがあります。
囲炉裏で火をたいているものの、木造である合掌造りは火災が天敵だそうで、集落内は禁煙。
いざ火災になった際はここから水が出て、延焼を防ぐのだそうです。
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ということで、富山に日没近くまでいてしまったので、空いている高速道路を走りに走って、帰宅。
家で紅白を途中から見て一年の締めくくりです。
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